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それから連日、土方と近藤は暇を見つけては連れ立って京の町を散策した。
剣呑に支配された町の空気を肌で感じ取ろうとの思いからだ。
どこへ行っても長州の志士たちが我が物顔でのし歩いている。
将軍の上京を前にして、それぞれが過激さを競うように、昨日より今日、今日より明日と行動をエスカレートさせている。
天誅事件も連日のように発生し、皆それに慣れ切って感覚が麻痺してしまっている。死体が路に転がっていても知らん振りで通り過ぎるのだ。
「まずいな」
土方は直感的にそう感じていた。
「日に日に状況が悪くなっている」
近藤も同意見だった。
その日の視察を終えて八木邸に戻ると、門の前に沖田総司がニタニタ笑いながら立っていた。
「何だ、総司。気持ち悪いな」
土方が顔をしかめて言う。
「へへへへ」
沖田は白い歯を見せてニタニタ笑った。
「どうした」
と近藤も気味悪がる。
「おかえりをお待ちしていました。おふたりに嬉しいお報せが二つあります」
満面の笑みで言った後、「いや、三つかな」と訂正した。
「嬉しい報せ?」
「まず一つは土方さんに。へへへ。お手紙がきています。フフフ」
「手紙?」
沖田から受け取り、裏返して差出人を確かめた土方は、ハッとした表情になり、慌てて懐に仕舞い込んだ。
「誰からだ?」
と近藤。
「決まってるじゃないですか。フフフ……あの人ですよ」
「あの人? ……お琴さんか?」
近藤がピンときた様子でいう。
お琴とは、多摩郡の豪農の娘で、江戸薩摩藩邸で奉公していた土方の幼馴染である。ふたりは一時期、許嫁の関係にあったが、浪士組参加を機に土方の方から婚約破棄を申し入れた。
お琴は容易に納得しようとせず、出立前には相当な修羅場があったのだ。
若く可愛らしい外見に似合わず、いちずで情熱的な女性である。
「あの人のことだがら、きっと毎日手紙が届きますよ」
「ひょっとすると京まで押しかけてくるかもしれんぞ」
「あり得る。あり得る」
「やはり別れるのは無理じゃないか、歳さん」
近藤と沖田は、顔を見合わせて、ククク、と笑い合った。
「うるさい!」
土方は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「それより、他の嬉しい報せとは何だ。あとふたつ、あると言っただろう」
強引に話題を変えようと沖田を睨む。
沖田は顔を引き締め、姿勢を正すと、
「もう一つは、お二人両方に関係することです」
「ふたりに?」
「是非、会っていただきたい人がいるんです。すでに試衛館部屋に入っていただいています」
「女か?」
「いいえ、男です」
「男?」
土方と近藤は顔を見合わせる。
「誰だ?」
「ふふ。びっくりすると思いますよ」
そう言うと我先にと屋敷内に入っていく。
土方と近藤は、沖田の後を追った。
試衛館部屋に入ると、一人の若い浪士が永倉や藤堂、山南らと親しげに談笑している。
その顔を見たとたん、土方と近藤の顔が思わず綻んだ。
「斉藤」
「斉藤じゃないか」
元試衛館門下生で、尊攘の志士に憧れて先にひとりで上京していた斎藤一である。
弱冠二十歳の若者だ。
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