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「芹沢さん」
山岡鉄太郎が眉をひそめて口を開く。
「あなたがいながら、なんの真似ですか」
芹沢鴨、三十三歳。
元・水戸天狗党の一員で、尊皇攘夷の志士として広くその名を知られる人物である。
だが素行不良で乱暴者。潮来で人を斬り入獄していた時期もある。いわゆる前科者だ。
「いえね、山岡さん。今夜は冷えるもんで、焚き火でもして暖まろうと思いましてね」
悪びれた様子もなく、鉄扇で肩を叩き続けている。
「焚き火のために、納屋を二軒も叩き壊したんですか!」
山岡は憤怒の顔で詰め寄った。
直参旗本で、浪士組取締役を任ぜられている身としては、道中での失態は即、己の責任として降りかかってくる。断じて許すわけにはいかない。
「しょうがないんですよ。この寒空に表で野宿しなきゃならないんですから」
そう言うと鉄扇を大きく広げ、顔を仰ぎながら、ああ寒い寒い、と嘯いてみせた。
「部屋割り担当の百姓が、芹沢先生の部屋を取るのを忘れたんです」
芹沢と同じ水戸出身の新見錦が補足するように説明する。
「なに」
途端に山岡の顔が白くなった。後ろに控える配下の一人に耳打ちする。
「近藤勇を呼んで来い」
配下の者は、はっ、と一礼して足早に立ち去った。
山岡は振り返ると再び芹沢と対峙する。
「それにしても芹沢さん。この浪士組は大樹公上洛に際し、京での警護を行う幕府直属の組織です。ただの浮浪集団とは訳が違う。身勝手な行動は慎んでいただきたい」
だが芹沢は臆することなく上役を睨みつけると、
「山岡さん。私はねえ、こんな侮辱を受けたのは生まれて初めてですよ」
威嚇するように鉄扇を前へ突き出した。
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