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京の事情をよく知る容保が言う。
「長州とそれに与する公卿たちは、もしも幕府が攘夷を実行しないならば、天朝を促して反幕……いえ倒幕にまで向かいかねぬ勢いなのでございます。都の状況は江戸の比ではありませぬ。小手先の誤魔化しが通用するとはとても思えませぬ」
二人の老中と一橋慶喜は、ううむ、と唸り声を発した。
「では、どうせよと申すのじゃ」
十八歳の将軍は、苛立ったように叫んだ。
「エゲレスとの講和を拒否すれば戦が起こり国は滅ぶ。かといって講和を結べば幕府は朝敵となってしまう。進むも地獄、退くも地獄じゃ」
究極の二律背反を前に、家茂は今にも泣き出しそうな顔になった。
「かように馬鹿げたことがこの世にあろうか」
混乱し、うろたえる家茂を見て、板倉勝静がおずおずと膝を進める。
「実は……」
いかにも言いにくそうに言葉を発した。
「もう一つ、大変に厄介な事態が生じておりまして」
「何じゃ」
「大樹公の警護役として京に上った浪士組の者どもが、勝手に朝廷に上書を提出し、攘夷の勅命を受けてしまったのです」
「なんだと」
家茂は思わず腰を浮かせた。
「彼らは十日のちに東帰し、横浜にて攘夷戦を開始する手筈」
「馬鹿な」
若き将軍は大きく叫んで立ち上がると、血の気の失せた蒼い顔で言葉を継ぐ。
「なんとかせい。なんとかするのじゃ。攘夷など実行したら、本当に国が滅ぶぞ!」
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