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「だってそうだろう、近藤さん。清河の話は理屈に合わんじゃないか」
壬生の八木邸では今後の方針を巡り、芹沢派と近藤派の間で真剣な議論が交わされていた。
近藤は自らの派閥だけで話し合いを持ちたかったのだが、突然、
「ちょっといいか」
と芹沢が酒瓶を手に入ってきて、両派閥の合同会議に発展してしまった。
「幕府は攘夷を実行しないとは一言も言っていない。それなのになぜ自分たちだけ焦って先に帰らねばならんのだ。大樹公が京に残られるというのに」
攘夷実行の約束を、のらりくらりと先延ばしする幕府に対し、昨日、朝廷から、
「決心できるまで、一年でも二年でも京に留まるように」
との沙汰が下り、幕府側がそれを受け入れたことで、将軍の京都残留が決定した。攘夷の実行を誓うまでは江戸に帰さないという朝廷側の強い意思表示である。
浪士組は将軍を残して帰東し、清河の指揮のもと横浜にてイギリスと戦うことになる。
これに対し浪士取扱役・鵜殿鳩翁からは、京に残留して将軍警護にあたる浪士を募る、との報せが全浪士に届けられた。残りたい者は残ってほしい、というわけである。
その是非について議論しているのだが、話し合いが始まって四半刻あまり、そのほとんどが芹沢の独演に費やされている。
近藤が時折ぼそりと感想を述べるだけで、他の門人たちは両首領の話し合いに口を挟もうとしない。
「なぜ、幕府が決断するまで待とうとしないのだ。何を急いでいるんだ、清河は。たった二百九十名でエゲレス艦隊に突っ込んで勝てると思うか?」
「清河さんは……魁になるつもりではないでしょうか」
「さきがけ?」
「自分たちが先陣を切ることで、広く同志に決起を呼び掛ける意味合いがあるかと思われます」
けっ、と芹沢が吐き捨てた。
「そんなんじゃないよ、近藤さん。清河の野郎はただただ自分を大物に見せたいだけだ。今まで誰もできなかった攘夷戦争を、この俺様が先陣を切ってやってのけたのだと吹聴したいだけなんだ」
「はあ……」
「我々はね、近藤さん」
臭い息を吐きかけながら、近藤の肩をむんずと掴んだ。
「待とうじゃないか。幕府が決断するのを待って、それから共に攘夷を決行するんだ。大樹公だって、ここまで来てまさか攘夷はできませんなどと言うはずがない。そうだろう? 必ず決断なさる。でなければ、なぜ、わざわざ京都くんだりまでやって来たんだ。老中から何から一切合財引きつれて。それは攘夷を断行するという明確な意思を示すためだろうが」
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