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 三月二十一日。  家茂は一方的に「二日後に帰府する」と公布し、強引に行列の一部を出発させた。  具体的行動を起こせば、朝廷も諦めるのではないかと考えたのだ。  しかし、すぐに宮中から呼び出しがかかり、「将軍は滞京せよ」との勅命が下った。 「勅命など無視して強引に突破する」  駄々っ子のように言い張る家茂だったが、慶喜や容保ら幕閣による必死の引き止めにあう。  帰東を思いとどまらなければ、将軍は勅命にそむいた逆賊になってしまう。     そうなれば長州の思う壺。  倒幕の烽火は西国の各所で燃え上がるだろう。    家茂は泣いた。   一人、さめざめと、悔し涙を流した。 「()は正しいのに――、間違っているのは朝廷や長州の方なのに――」  退路を断たれ、袋小路に追い詰められた家茂は、四月二十日、ついに観念したように、 「勅命に従い、五月十日より摂海にて攘夷を実行いたします」  と天皇に奉答した。  もはやそれ以外に採るべき策はなかった。  やけくそだった。  どうとでもなれだ。 「国が滅んでも、予は知らん!」  以来、二条城内の自室に閉じ篭もり、統治者としての職務を放棄した。  五月十日に日本国は滅亡する。  かまうものか。  家茂は国家の先行きについて考えることをやめてしまった。
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