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江戸では数日前、清河八郎が麻布一之橋において暗殺されている。
犯人は幕府が運営する講武所所属の佐々木只三郎ら六名。
清河と行動をともにしていた山岡鉄太郎は責任を問われ、謹慎処分を下された。
幕府をないがしろにし、独断で攘夷を決行しようとした罰であることは明白だった。
その報せは今朝方、沖田が会津藩の知人から聞きつけてきた。
「清河の野郎、調子に乗りすぎてたからな」
「自分たちだけで攘夷をやろうなんて考えるからさ」
「ま、自業自得ってとこですかね」
永倉、原田、斉藤が言った。
かつては全幅の信頼を寄せ、黙って付き従おうとした相手だが、今では侮蔑の対象となっている。
立場は完全に逆転したのだ。
「芹沢さんにも知らせたんだろ、清河暗殺の件」
近藤が沖田に訊いた。
「ええ。お伝えしてあります」
「喜んでたんじゃないか。清河さんをずっと敵視していたからな、あの人」
「両雄並び立たず、って感じでしたもんね。今頃、いい気味だと、ほくそ笑んでいることでしょう」
原田が笑いながら言った。
「それが……」
沖田が顔をしかめ、視線を落とす。
「どうした?」
「芹沢さん……すごく、落ち込んでいました」
「落ち込んでいた⁉」
近藤が驚いたように目を剥く。
「ええ。私も大喜びするだろうと思って真っ先にお報せしたんですけど、聞いた途端、すごく暗い顔つきになって、『そうか……』と言ったきり、黙り込んでしまいました」
「そういやぁ、あの人、警護の最中もなんか元気なかったよな」
永倉が言った。
「自分で考案した隊服があんなに受けたのに、笑顔一つ見せなかった」
斎藤も怪訝そうに首を傾げる。
その時、それまで部屋の隅で黙って聞き耳を立てていた土方がぼそりと口を開く。
「少しおかしいとは思わねえか」
「何がです」
と沖田。
「清河の暗殺だよ」
「というと?」
「これからエゲレス相手に大戦が始まるってのに、どうして清河を殺さなきゃならねえんだ」
「幕府をないがしろにして独断専行したからでしょう」
「それだけかな」
「他に何があるっていうんです」
「いや……」
髭の伸び具合を確かめるように顎に左手を這わせながら、
「それならいいんだが」
言って、おもむろに立ち上がった。
近藤はそんな土方の姿を目で追っている。
「風呂行ってくるわ」
土方は手拭いを手に取り、静かに部屋を出ていった。
「土方さんも、なんか様子がちょっと変ですよね」
沖田が土方の消えた方を見ながら言った。
近藤も、土方の陰鬱な表情が気になった。清河八郎の暗殺に、粛清以上の別の意味を感じ取っているのだろうか。
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