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3
「大事な話とは何ですか、近藤さん」
芹沢鴨は不機嫌そうに口を開いた。
屯所(八木邸)の天狗党部屋で同志らと酒を飲んでいる芹沢のもとへ、試衛館一門が大挙して押しかけたのだ。
芹沢ら五名は、全員隣に女をはべらせている。
「昼間っから酒と女とは、いいご身分ですな」
井上源三郎が皮肉たっぷりに言った。
芹沢は意にも介さず、女の注いだ酒をあおる。
「芹沢先生。話の前に女をよそへやってください」
近藤が、むすっとした顔で言う。
「ん?」
「女を部屋から出してくれと言っているんです」
芹沢は、まじまじと近藤を見る。
いつも芹沢に頭が上がらず、謙った物言いしかできない近藤が、敵意をむき出しにした表情で睨んでいる。
芹沢も負けじと睨み返した。
室内は一気に緊迫する。
芹沢の横にはべっている女が慌てて居住まいを正し、
「すみません。すぐに退出いたします」
一礼して立ち去ろうとする。
だが芹沢は女の手を掴むと、ぐいと強引に引き戻した。
目は近藤を見据えたままだ。
「女ではない」
挑戦的に言い、言葉を継ぐ。
「ちゃんと名前がある。……お梅だ」
右手でお梅を抱き寄せ、「のぉ」とにやけた顔を密着させる。
そのまま唇を吸った。
「おやめください。かような場所で」
お梅は身をよじって抵抗する。
今年二十五になる彼女は、白磁のように滑らかな肌と長い首が印象的な美しい女だ。
芹沢は目じりを下げたいやらしい顔で、いいじゃないか、と耳元でいう。
「みんなにキッスを見せてやろう」
お梅を抱えて立ち上がると、試衛館一門をぎろりとひと睨みする。
「西洋ではのぉ、口吸いのことをキッスというんだ」
嫌がるお梅の顔を押さえつけ、強引に口づけをする。そのまま、じゅるじゅると音を立てて吸った。
新見たちから煽るような歓声が上がる。
「いい加減にしてください!」
山南がたまりかねた様子で怒声を発した。
「屯所に女を連れ込むのはご法度でしょうが」
と井上も続く。
芹沢はお梅から唇を離すと、山南と井上を横目で捉えながら、今度はお梅の白い首筋をぺろりと舐め上げた。さらに襟元から手を突っ込んで乳房へと這わせる。
「仕方あるまい。お梅がわしから離れんのだから。わしから離れられんのだと。のぉ」
彼女の胸を揉みしだきながら、逃げるようにうずくまるお梅の上に覆いかぶさっていく。
「それはあなたが手込めにしたからでしょう」
藤堂が義憤をあらわに立ち上がった。
「菱屋の妾だったその女は、手込めにされて旦那の元へ帰れなくなったんでしょうが!」
「なんだと、この野郎」
新見が刀を手に立ち上がった。
「やるか」
「やめろ、藤堂」
近藤が叱った。
「でも……」
「いいから座れ」
藤堂は憮然としたまま座し、それを見て新見も矛を納める。
「申し訳ありませんでした」
お梅が両手をついて近藤に謝った。他の女たちを促し、足早に去っていく。
近藤はその後姿を見送りながら、哀れな女だと思った。
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