3

1/5
前へ
/94ページ
次へ

3

「大事な話とは何ですか、近藤さん」  芹沢鴨は不機嫌そうに口を開いた。  屯所(とんしょ)(八木邸)の天狗党部屋で同志らと酒を飲んでいる芹沢のもとへ、試衛館一門が大挙して押しかけたのだ。  芹沢ら五名は、全員隣に女をはべらせている。 「昼間っから酒と女とは、いいご身分ですな」  井上源三郎が皮肉たっぷりに言った。  芹沢は意にも介さず、女の注いだ酒をあおる。 「芹沢先生。話の前に女をよそへやってください」  近藤が、むすっとした顔で言う。 「ん?」 「女を部屋から出してくれと言っているんです」  芹沢は、まじまじと近藤を見る。  いつも芹沢に頭が上がらず、(へりくだ)った物言いしかできない近藤が、敵意をむき出しにした表情で睨んでいる。  芹沢も負けじと睨み返した。  室内は一気に緊迫する。  芹沢の横にはべっている女が慌てて居住まいを正し、 「すみません。すぐに退出いたします」  一礼して立ち去ろうとする。  だが芹沢は女の手を掴むと、ぐいと強引に引き戻した。  目は近藤を見据えたままだ。 「女ではない」  挑戦的に言い、言葉を継ぐ。 「ちゃんと名前がある。……お梅だ」  右手でお梅を抱き寄せ、「のぉ」とにやけた顔を密着させる。   そのまま唇を吸った。 「おやめください。かような場所で」    お梅は身をよじって抵抗する。  今年二十五になる彼女は、白磁のように滑らかな肌と長い首が印象的な美しい女だ。  芹沢は目じりを下げたいやらしい顔で、いいじゃないか、と耳元でいう。 「みんなにキッスを見せてやろう」  お梅を抱えて立ち上がると、試衛館一門をぎろりとひと睨みする。 「西洋ではのぉ、口吸いのことをキッスというんだ」  嫌がるお梅の顔を押さえつけ、強引に口づけをする。そのまま、じゅるじゅると音を立てて吸った。  新見たちから煽るような歓声が上がる。 「いい加減にしてください!」  山南がたまりかねた様子で怒声を発した。 「屯所に女を連れ込むのはご法度でしょうが」  と井上も続く。    芹沢はお梅から唇を離すと、山南と井上を横目で捉えながら、今度はお梅の白い首筋をぺろりと舐め上げた。さらに襟元から手を突っ込んで乳房へと這わせる。 「仕方あるまい。お梅がわしから離れんのだから。わしから離れられんのだと。のぉ」  彼女の胸を揉みしだきながら、逃げるようにうずくまるお梅の上に覆いかぶさっていく。 「それはあなたが手込めにしたからでしょう」  藤堂が義憤をあらわに立ち上がった。 「菱屋の(めかけ)だったその女は、手込めにされて旦那の元へ帰れなくなったんでしょうが!」 「なんだと、この野郎」  新見が刀を手に立ち上がった。 「やるか」  「やめろ、藤堂」  近藤が叱った。 「でも……」 「いいから座れ」  藤堂は憮然としたまま座し、それを見て新見も矛を納める。 「申し訳ありませんでした」  お梅が両手をついて近藤に謝った。他の女たちを促し、足早に去っていく。    近藤はその後姿を見送りながら、哀れな女だと思った。
/94ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加