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芹沢は龍馬の前に歩を進めると、怪訝そうな顔で訊ねる。
「なぜ土佐勤王党出身の坂本さんが、開国派の勝麟太郎のもとで働いているのだ」
尊皇攘夷を標榜する勤王党と、幕閣の中でも開国派の筆頭と目される勝麟太郎は、思想的に真逆の存在である。
「宗旨替えしたってわけか」
「はは。自分でも不思議に思っちゅう。まっことは勝麟太郎を斬り殺すつもりで近付いたんじゃけんど、会って話を聞くうちに、あん人の器の大きさにすっかり魅了されてしもうたんじゃ。わしは、こん人についていこうと思い定めたがよ」
「ふん」
芹沢が鼻で笑った。
「つまりは、尊攘の志士が幕府の犬になり下がったってわけか」
「そういう言い方はないろうが、芹沢さんとやら。わしが幕府の犬なら、おまんもそうじゃないがか」
言って、龍馬はにやりと笑う。
「なに」
「幕府の募った浪士組に参加して、今は幕府と一心同体の会津藩御預かりの身じゃきのお」
「俺は魂までは売っておらん。幕府が攘夷を実行するというから組んでいるだけだ」
「わしも魂までは売らん。今は幕府だ長州だ土佐だと一概にくくれる時代ではないぜよ。猫も杓子も尊皇攘夷を掲げちゅうきに、誰が味方で誰が敵か混沌としゆう」
芹沢はせせら笑った。
「それは貴様のような節操のない輩がいるからだろうが」
「はは、そうかもしれん」
芹沢はむっとした顔で懐から鉄扇を取り出すと、龍馬の眼前に突きつける。
「俺はなあ」
歪んだ顔で睨み上げた。
「貴様のような奴を見ていると、虫唾が走るんだ」
龍馬の足元に、ぺっ、と唾を吐き捨て、行くぞと配下に言うや、門の方へ大股に歩き去っていく。
龍馬は涼しい顔で、
「それはのぉ」
去りゆく芹沢の背に言葉を投げかけた。
「まるで、自分の姿を見ゆうようだからじゃ」
その瞬間、芹沢の足が止まった。
顔がみるみる紅潮していく。
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