18人が本棚に入れています
本棚に追加
「坂本さん、今日はゆっくりしていけるんでしょう?」
山南が訊ねた。
「ああ、夜まで予定は入っちゃーせん。山南さんと久しぶりに語り明かすつもりで来ちゅう」
「では、酒盛りといきましょう。どうです、近藤さん?」
「いいねえ」
近藤が破顔した。
「我々としても、この国の行く末について、坂本さんの展望を是非お聞かせ願いたいところです。朝まで飲み明かしましょう」
「喜んで」
「おい、総司。酒を買ってこい」
と、懐から金を取り出し、沖田に手渡す。
「行ってきます」
と、沖田が部屋を飛び出そうとした、その時だった。
「あっ!」
突然、龍馬が何かを思い出したように大声を発した。
「しまった。すっかり忘れちょった」
蒼い顔で立ち上がる。
「どうしたんです?」と近藤。
「土方さんに大事な話があったんじゃ」
と、土方の目の前まで行く。
「なんですか?」
土方が顎を引く。
龍馬は土方の鼻先まで顔を近づけ、まじまじと見つめた後、
「いやぁ、やっぱりええ男じゃのう。男から見ても惚れ惚れする。水もしたたる、とは、まさにおまんのことじゃ。これなら分かる。わしが女でも、きっと同じことをしたろう」
「え? 何の話です」
意味の分からぬ顔で問う。
「実はのぉ、おまんに土産があるがで」
「土産?」
きょとんとした顔になる。「何ですか」
「その前に、絶対に怒らんと、約束してほしいがじゃ」
胸の前で手を合わせる。
「どういうことです?」
「なんちゅうええき、約束してくれ。怒らんと。頼む」
「嫌です」
安請け合いはできないという顔でいった。
「わしとおまんの仲やないがか」
「あなたとは、これまで一度しか会ったことがありません」
「今日が二度目じゃ。二回会うたら、友達ぜよ」
「はあ?」
「とにかく、ちっくと待っちょってくれ。外に待たしてあるき」
そう言うと、いそいそと外へ出ていった。
「何なんだ、あの人は」
土方が呆れ顔で言い、一同を見渡す。
やがて龍馬が一人の若い女性を伴って戻ってくる。
肌が白く、うりざね顔で、清楚な外見の娘である。
年の頃は二十代前半だろう。
その顔を見た瞬間、全員が「あっ」と甲高い声を発した。
「お琴さん」
近藤が驚いて腰を浮かせる。
土方の顔が、みるみる朱に染まっていく。
「どういうことですか、坂本さん」
食ってかかるように、激しい口調で言った。
「怒らんちゅうて、約束したろうが」
「約束なんかしてない!」
最初のコメントを投稿しよう!