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龍馬は土方を静めるように、両手を前に突き出しながら、
「聞いてくれ、土方さん。先刻わしが屋敷に入ろうとしちょったら、門の前をこの人が行ったり来たりしちょったがじゃ。どいたんだ(どうしたんだ)と訊くと、江戸から許嫁に会いに来たと言う。ほんなら一緒に入ろうと誘うたんやけんど、その許婚がいごっそう(頑固者)で絶対に怒られるき怖くて入れんと、こう言うわけよ。そこで『分かった。わしに任せろ。説得してきちゃる』といって、わしだけ先に敷地内へ入ったと、こがなわけやき。はは。ははは」
土方は仏頂面のまま、お琴から目を背けている。
「ここはわしの顔に免じて、怒らんで話を聞いちゃってくれんかのお」
「私からもお願いしますよ、土方さん」
沖田が横から言葉を発した。
「お前は黙ってろ」
と、一喝する。
近藤はそわそわした様子で立ち上がると、
「さてと、俺は厠へでも行ってくるかな」
とぼけた顔で言い、逃げるように部屋を後にする。
それを見て、
「じゃ、俺も」
と斉藤が腰を上げた。
「俺も」「俺も」と次々に続く。
「坂本さんもいかがですか、厠」
「おお、そうじゃのぉ。お言葉に甘えて、寄らせてもらおうかえ」
気付くと全員が席を立ち、部屋を出ていった。
室内には土方とお琴だけが残される。
土方は顔をそむけたまま、気まずい沈黙がふたりの間に流れる。
お琴は小柄で細身の体躯だが、目は意志の強さを示すように強い光を放っている。
「どうかしてるぞ。こんな勝手な真似をして」
土方がようやく口を開いた。
「勝手ではございませぬ。父の許可も得ましたし、周斎先生や彦五郎様にもお話を通してごさいます。京まで松吉に同行してもらいました。皆様方も心配しておいでなのです」
「今さらお前と話すことなどない。松吉とともにすぐ江戸へ帰れ」
「嫌です」
きっとした目で言った。
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