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 薩摩藩邸につくと、三十畳は優にあろうかという広い畳敷きの部屋に通された。 「こちらでしばらくお待ちください」  と案内の者は下がっていく。    二人は腰のものを引き抜き、畳の上に正座すると、右側に静かに置く。  そのまま微動だにせず、待った。  しかし、待てど暮らせど誰も現れない。しん、とした静寂が室内を包む。 「やはり妙だ」  土方が呟くように言った。 「ああ、そうだな」近藤が頷いた。  次の瞬間、近藤の目つきが急に険しくなる。  刀を掴むと、左側へと移し変える。  それを見て土方も刀に手をかけた。 「歳さん」  近藤が息の声で言った。 「斬るなよ」 「これは何かの冗談か」 「だといいんだが」  二人が刀を手に立ち上がると同時に、四方の襖が一斉に開いて抜刀した十数名の薩摩藩士が姿を現した。  土方と近藤は刀を引き抜き、背中合わせになって平晴眼(ひらせいがん)の構えをとる。  天然理心流の代表的な構えの一つで、通常の晴眼よりもやや右に刀を開き、刃を内側に向ける。そのまま突くことも、斬りかかることも、あるいは斬りかかってくる相手の剣を跳ね上げることも可能な、万能の構えである。  一方の薩摩側は、土方と相対している最前列の若い男が剣を立てるように振りかぶった。彼だけが紫に金をあしらった派手な陣羽織を着用している。 「薩摩示現流か」  土方がいった。 「歳さん。必ず初太刀は外せ」  近藤が指示を送る。  示現流は初太刀の凄まじさで知られる。 「ちぇすと!」  掛け声とともに薩摩藩士たちが襲いかかってきた。  土方は陣羽織の男の上段斬りをぎりぎりでかわし、えい、と突きで下がらせると、弧を描くような水平斬りで威圧する。  近藤は両側からほぼ同時に振り下ろされる剣に対し、一方を体をひねって逸らし、もう一方の剣を跳ね上げ、そのまま二人の胴を目にも止まらぬ速さで払った。  さらに突いてくる別の一人の剣を叩き落し袈裟に斬り捨てる。  だがいずれの相手からも血飛沫が舞うことはない。斬る直前に、刃を裏返したのだ。
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