1

3/10
前へ
/96ページ
次へ
 近藤はこの状況下でも相手を峰打(みねう)ちにするだけの心の余裕があった。  彼らの構えを見ただけで、その貧弱な技量を見抜いたのだ。  腕が立つのはあの陣羽織の男一人だけであろう。  近藤は振り返ると土方に助太刀すべく、陣羽織の男目掛けて駆けた。 「歳さん、こいつは俺に任せろ。あんたは他の雑魚どもをたのむ」 「おおよ」  ふたりは体勢を入れ替え、目の前の敵に躍りかかった。  剣を交えること数合。  と、その時――、 「やめい!」  部屋の外から地響きのような銅間声(どうまごえ)が上がった。  薩摩藩士たちは一斉に攻撃を解き、低頭して部屋の隅へと下がっていく。  立ち尽くす土方と近藤の前に、松平容保が手を打ち鳴らしながら笑顔で姿を現した。続いて細身の武士も入ってくる。 「お見事」  容保が感心したように言った。  土方と近藤は憤怒で顔を朱に染める。 「容保様、何の真似ですか」 「お(たわむ)れが過ぎましょう」 「許せ」  容保は頭を下げた。 「お前たちの腕を確かめたかったのじゃ」 「こういうやり方は好きになれませんな」  近藤が、頭から湯気が出そうな勢いで言った。 「分かってくれ。わしとしても、幕府から一方的にその方らを預かるよう言われ、海のものとも山のものとも知れず、扱いに苦慮しておったのだ」 「容保様を恨むな。これはおいが頼んだこつじゃ。天然理心流とやらの太刀筋を是非見てみたいと言ってな」  細身の武士が言った。 「薩摩藩の御側役(おそばやく)大久保一蔵(おおくぼいちぞう)さんだ」  大久保が慇懃に一礼する。  大久保一蔵(のちの利通(としみち))は島津久光の側近中の側近で、藩政はもちろん、京都政局をも取り仕切る薩摩藩の若き首脳である。  土方と近藤は怒りを押し殺し、小さく一礼する。 「我々の腕をお分かりいただけましたかな」  近藤が鋭い眼差しで言った。
/96ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加