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近藤はこの状況下でも相手を峰打ちにするだけの心の余裕があった。
彼らの構えを見ただけで、その貧弱な技量を見抜いたのだ。
腕が立つのはあの陣羽織の男一人だけであろう。
近藤は振り返ると土方に助太刀すべく、陣羽織の男目掛けて駆けた。
「歳さん、こいつは俺に任せろ。あんたは他の雑魚どもをたのむ」
「おおよ」
ふたりは体勢を入れ替え、目の前の敵に躍りかかった。
剣を交えること数合。
と、その時――、
「やめい!」
部屋の外から地響きのような銅間声が上がった。
薩摩藩士たちは一斉に攻撃を解き、低頭して部屋の隅へと下がっていく。
立ち尽くす土方と近藤の前に、松平容保が手を打ち鳴らしながら笑顔で姿を現した。続いて細身の武士も入ってくる。
「お見事」
容保が感心したように言った。
土方と近藤は憤怒で顔を朱に染める。
「容保様、何の真似ですか」
「お戯れが過ぎましょう」
「許せ」
容保は頭を下げた。
「お前たちの腕を確かめたかったのじゃ」
「こういうやり方は好きになれませんな」
近藤が、頭から湯気が出そうな勢いで言った。
「分かってくれ。わしとしても、幕府から一方的にその方らを預かるよう言われ、海のものとも山のものとも知れず、扱いに苦慮しておったのだ」
「容保様を恨むな。これはおいが頼んだこつじゃ。天然理心流とやらの太刀筋を是非見てみたいと言ってな」
細身の武士が言った。
「薩摩藩の御側役、大久保一蔵さんだ」
大久保が慇懃に一礼する。
大久保一蔵(のちの利通)は島津久光の側近中の側近で、藩政はもちろん、京都政局をも取り仕切る薩摩藩の若き首脳である。
土方と近藤は怒りを押し殺し、小さく一礼する。
「我々の腕をお分かりいただけましたかな」
近藤が鋭い眼差しで言った。
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