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「ほう」  大久保が彼らの会話を聞きつけ声を上げた。 「お知り合いでごわすか?」 「あ、いえ……」  と誤魔化そうとする土方に対し、 「はい。江戸にいた折、大変お世話になりまして」  お琴は悪びれもせずに答えた。  土方に向き直ると、 「その節は誠にありがとうございました」  これ以上ない慇懃(いんぎん)さで、深々と一礼する。  土方は途端に不機嫌になり、 「近藤さん、帰ろう」  と袖口を引っ張った。 「や、しかし……」  と目で制するが、 「容保様、先程の件はしかと承りました。これにて失礼いたします」  勝手に席を立って帰っていく。 「お、おい、歳さん」  近藤は慌てた様子で、申し訳ございません、と一礼すると、茶菓子を懐に突っ込み、どたどたと土方の後を追った。  とても武士とは思えぬ無粋な所作だった。  容保と大久保は顔を見合わせて苦笑し、それから満足そうに頷き合った。    
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