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 と静かに問いかける。 「百姓の泊まる宿に、この芹沢に泊まれと、こういうことかい」 「芹沢さん。いい加減にしないか!」  黙ってやり取りを見守っていた山岡鉄太郎が、たまりかねたように口を挟んだ。 「そのへんで許してやれ」 「お願いいたします」  近藤は再び額と地面を密着させる。  芹沢は急に相好を崩し、 「いいよ、近藤さん」  と優しい声音(こわね)で語りかけた。「宿はいらない」 「は?」 「俺たちはここで野宿する」  そう言ってかかり火の前の床机(しょうぎ)に腰をおろすと、鉄扇を懐にしまい、両手をこすり合わせて火にかざした。 「そんな……芹沢先生。どうかお願いいたします」  ほとんど泣きそうな声だった。  その時、沖田総司が甲高い声を発する。 「いいじゃないですか。野宿するって言ってるんですから。好きにさせてあげましょうよ。野宿もたまにはいいもんですよ」 「総司!」  最年長(三十五歳)の井上源三郎が叱責した。 「気にせんでください、近藤先生」  芹沢はあくまで慇懃無礼に話す。 「牢獄に入れられていた時のことを思えば、野宿くらい何でもありませんから」  新見の方に顔を向け、指示を飛ばす。 「おい、薪を集めてこい。もう二、三軒叩き壊しゃ間に合うだろ。今夜は冷えるから、どでかい焚き火であったまろうや」  新見錦らは口元を曲げて笑い合い、再び民家を襲撃に出かけていく。 「てめえら、いい加減にしろよ!」  ぶち切れた永倉がついに刀の鯉口を切った。  原田左之助もそれに続く。  土下座している近藤に彼らを止める(いとま)はない。  と、その時だった。  背後のほの暗い闇の中から、黒い人影が疾風の如く現れ、二人の前に立ち塞がる。
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