こんな残酷な世界で僕らは生きている(オリジナル)

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 こんな残酷な世界で僕らは生きている。  その日は父の誕生日だった。テーブルにはバースデーケーキと父の好物が並べられ家族四人で細やかに祝った。その後、双子の姉、沙羅(さら)と、テレビ前でゲームに夢中になっていると、突然、天井からドンッて音が聞こえた。  二階には僕と沙羅の部屋、そして両親の寝室がある。 「今の音、なんだろうね?」  二人で顔を見合わせてから階段を上った。リビングに両親の姿がなかったので二階にいるはず。そう思ったのだ。  二階に上がると両親の寝室の扉は開いていた。室内に照明は灯されていない。 「パパ?ママ?」 扉に手をかけ、室内に足を進めた刹那、僕を襲ったのは恐怖だった。  ショックで立っていることができずフローリングに尻もちをつく。 「ぎゃああーっ!!」 後に続いていた沙羅も同じ状況。二人で抱き合いガクガク震えた。  床に仰向けに横たわる父に馬乗りになっている母。母の手には包丁が握られていた。母が刃先を振り下ろすたび、グチュッと鈍い音がして吹き出した鮮血が白い壁を歪に染めてゆく。  あまりの惨劇に声も発することができない。母は「完了」そう呟くと立ち上がり血に染まる刃先を床に投げ捨てた。暫くすると天井から柔らかな発光体が降りてきて、横たわる血濡れの父を包む。その発光体が消滅すると父がムックリと起き上がった。  いつの間にやら壁に飛んだ血飛沫も床に広がった血溜まりも消えている。立ち上がると、父は母を抱きしめた。 「有り難う。君の愛を確認できたよ」 「どういたしまして。私の時もお願いね」 (なんだ、これ?)  口をパクパクさせる僕に両親は和かに歩み寄り「ごめんね、驚かせちゃって」そう言っておどけてみせる。  その後、何とか落ち着いた僕と沙羅に「いずれ分かることだから」と父が口を開いた。 「まずは、人間の産まれてから生きる長さ、寿命は何年か知ってるか?」 それは学校で習った。 「十年でしょ?」 僕より先に隣のソファーに座る紗羅が問う。 「そうだ」 対面ソファーに座る父が頷いた。 「十年で人は死ななければならない運命。今日はパパの三十歳の誕生日。本来ならパパは今日、死ななければならない。だが、さっき見ただろう?ママがパパにもう十年の寿命をくれたんだよ」  続いた父の説明はこうだ。寿命を伸ばす方法は一つ。一番、自分を愛する者に殺害されること。殺す相手の愛が本物なら、殺されることで再生し、続きの人生、もう十年生きられる。それを十年ごとに繰り返すのだと言う。  父と母は高校の同級生から交際に発展し結婚した。二十歳の時、お互いの誕生日に殺害。寿命を伸ばしてきた。  ただし、それは血の繋がった親子間の愛では成立しないらしい。成立するのは夫婦、兄弟、姉妹、兄妹、姉弟、親戚縁者、血縁関係のない他人。  僕は八歳。後二年で寿命。不安が伝わったのか、沙羅が「大丈夫だよ」と僕の肩を叩いた。 「わたしは由羅(ゆら)が一番大好き、だから誕生日の日、わたしが由羅を殺してあげる」  それは僕も同じだ。両親を抜けば世界で一番好きなのは沙羅。僕たちは互いの殺害を誓った。  二年が経過、十歳の誕生日がきた。日付けが変わる前に殺害しなければならない。双子だから誕生日は同じ日。ジャンケンで順番を決めた。負けた僕が先に沙羅を殺すことになる。 リビングには両親がいて、特別な雰囲気を醸し出していた。テーブルにパーティーセットが用意されていたが、僕たちの心は重く、そこに手を伸ばす気にはなれなかった。 「準備はいいかい?」と父が静かに問いかける。僕は小さく頷き、沙羅と一緒に二階の僕の自室に向かった。ドアを閉めると、部屋は静寂に包まれる。世界から隔離された四角い箱に二人で取り残された、そんな気分になった。 「沙羅…本当にこれでいいんだよね?」 「いいんだよ。こうしなきゃ、寿命を伸ばすことができないんだよ」 「うん」  手には母から渡された包丁が握られている。刃先が、これから起こる恐怖に震えていた。俯いた僕の耳に沙羅の柔らかい声が聞こえる。 「大丈夫だよ、由羅。わたしたちなら大丈夫」 この言葉で決意した僕は深呼吸をし、沙羅の目を見つめた。彼女もまた、僕を信じた(まなこ)を閉じる。 「沙羅、大好きだよ」  僕は言葉で自身を奮い立たせた。そして、包丁を振り上げ彼女の胸に向かって突き刺した。瞬間、沙羅は眼球を見開き視界から真下に消える。床に倒れ、もがいて苦しむ沙羅。彼女から今まで聞いたことのない地鳴りのような声がした。 「もっと深く……いっぱい刺して」  僕の記憶はそこまでだ。後はどうなったか覚えてない。ただ、気づいた時、血の池の中で沙羅は絶命していた。 恐怖と悲しみが押し寄せてくる。僕は、包丁を捨てて両手で顔を覆った。手のひらが濡れている。多分、汗と血の混じり。 「沙羅……沙羅……」  沙羅が生き返らなかったらどうしよう?本当にこれで良かったの?  すると真っ黒な僕の世界に温かい手が触れた。同時に聞こえる声。 「由羅」  顔から手を外す。沙羅の笑顔がそこにあった。手を握ったまま彼女はこう言った。 「寿命を伸ばしてくれて、有り難う」  次は沙羅の番。包丁を握る彼女の目に迷いは感じられない。 「由羅、世界で一番大好きだよ」 沙羅は、そう言い、包丁を振り下ろした。その瞬間、僕の視界が黒く染まる。想像以上の熱さと痛みに身体が反りかえった。 「早く楽にしてあげるからね」  何度も何度も身体に感じる衝撃。だけど、もう痛みはなかった。やがて深い闇がおとずれ、真っ黒な世界に一点の光が見える。その光はみるみる巨大化し、何もかもを白く染めた。睫毛を上げた僕を迎えたのは沙羅の笑顔。 「お帰り、由羅」 「沙羅!」 僕は立ち上がり、彼女を強く抱きしめた。 「有り難う沙羅。これでまた一緒にいられるね」  二人で階段を下ると、両親が温かく迎えてくれた。僕には沙羅がいて、沙羅には僕がいる。その夜、僕は二人の深い絆を噛みしめた。  桜の花弁が風に舞い踊る。僕と沙羅は中学生になった。一クラスしかないので同じクラス。僕が十歳になった年に、だいぶ子供が減ったのだ。主にひとりっ子は少数になった。後は病気で寿命とは関係なく亡くなった人が含まれる。  世界の人口は年々減少していると先生が嘆いていたのを思い出す。 「例え夫婦であり、血縁関係であっても本当の愛がなければ殺しても無駄だ。人は再生しない」  十年ごとに殺人で試される愛情。怖い世界だ、と改めて思う。  沙羅は亜麻色の髪色が似合う美人で明るい性格。小学校からたくさんの友達に囲まれている。相反して、僕は根暗で友達が少ない眼鏡っ子。「沙羅と由羅って双子なのに全然似てないね」と、良くクラスメイトに笑われる。  でも、こんな僕に共感してくれる友達もいた。その一人は、お下げの三つ編みで大人しい女の子。僕と同じような眼鏡をかけていて決して美人ではない。だけど彼女、瑞樹(みずき)と話していると不思議と心が和んだ。  好きなアニメや小説の話をたくさんした。友人に「お前らデキてるんじゃね?」と、からかわれたことがあるけど、僕は瑞樹に対して特別な感情はもっていない。ただの友達、それだけだ。僕が好きなのは、沙羅ひとり。  高校で沙羅と僕は離れた。でも心は離れたりしない。少なくても僕はそう思っていた。……のに、沙羅からの告白で僕は地獄に落ちることになる。高二の秋、沙羅に初めて彼氏ができたのだ。彼女は頬を染めて僕に言った。 「クラスメイトの佑月(ゆつき)君が一番好き」  一番……。僕は十七歳。寿命まで後三年だ。先の見えない絶望が襲う。そんな僕に気づいたのか、放課後、同じ高校に進学したクラスメイトの瑞樹が声をかけてきた。 「由羅君、最近、暗いね。何か悩みでもあるの?」 「いや、別に……」 「別にって顔じゃないよ」  夕日に染まる帰り道、瑞樹は公園に指を差した。 「ねぇ、コンビニでジュースとお菓子買って、あの公園のベンチで休んでいこうよ」  正直、そんな気分じゃない。だけど「奢るよ」その言葉に釣られてコンビニに向かった。 「適当に買ってきて」  コンビニ前で待つ僕。瑞樹がレジ袋を提げて出てくると公園まで歩きベンチに座った。 「はあ〜」  嘆息した僕の前に「はい」と、ペットボトルが差し出される。両目を見開く僕。フタに好きなアニメキャラのオマケがついていたからだ。 「このアニメ、由羅君、好きだもんね」  瑞樹は微笑を浮かべ袋からお菓子を取り出した。これも僕の好きなスナック菓子。 「なんで?」 「ん?」 「どうして僕の好きなお菓子を知ってるの?」 「だって昼食の時、購買で焼きそばパンと一緒に買ってるじゃない」 「見てたの?」 「べっ、別に見てたわけじゃない!たまたま目に入っただけ!」  コホンッと咳をして反対側を向く瑞樹。まさか、と思いレジ袋を覗くと、焼きそばパンも入っていた。顔を戻した彼女は慌てたように胸の前で手を振る。 「そのパンは私のお腹が空いて買っただけだから」 「だよね」 「たっ、食べる?」 「えっ?」 「焼きそばパン食べるか聞いてる。特別に半分こしてあげるけど、どうする?」  そんな必死な顔して言わなくても。何だか笑えてくる。 「食べる」と頷くと、瑞樹は袋からパンを取り出し半分に割る。彼女は真剣そのもの。だけど、パンに挟まる焼きそばがだらしなく伸びて、かなりな不恰好に二人で笑った。  こういうとこ。瑞樹といると自然に笑えて心が穏やかになる。パンを食べながら僕は彼女に聞いた。 「瑞樹は確かひとりっ子だよね?十歳の時、君は誰に殺されたの?」  ちょっと間が開き、瑞樹は「お父さん」と答えた。僕はかぶりつこうとして開いた口を閉じる。 「親子間は無効だよ」 「血が繋がってないから」 「えっ?」 「お父さんは、お母さんの三番目の再婚相手だったの」  そっか、と頷いた。親子でも血縁関係がなければ成立するからだ。 「三番目のお父さんは優しい人だったよ。私を自分の実子みたいに可愛がってくれた」  ここで、ん?っと気づく。彼女が父を過去形で語っていたからだ。案の定、父は三年前に他界していた。それも寿命でだ。 「お母さんがお父さんを殺したの。でも、お父さんは生き返らなかった」 「なんで?」 「後で分かったことだけど、お母さんには別に男がいた。つまり不倫相手を愛してたのよ。それならそうと、私に打ち明けて欲しかった。私が殺せば、今頃、お父さんは生きていたはずだから」 「そっか……」 食べかけのパンを見つめ、俯くことしかできない僕。そんな深い事情があるなんて知らなかった。 「で、去年、お母さんが寿命で死んだ」 「はっ?」  瑞樹の言葉に顔を上げる。彼女は穏やかな横顔でこう言った。 「三番目のお父さんが死んだ後、その浮気相手とお母さんは四回目の再婚したの。で、去年、その四番目に殺されたけど、お母さんは生き返らなかった。別に四番目に他の女がいたわけじゃない。だけど、お母さんが再生しなかったってことは、四番目は本当にお母さんを愛してなかったってことになる。四番目は泣いてたけどね、わたしには白々しく思えたよ」  大人になればなるほど愛事情は複雑になるらしい。今、瑞樹は家を出て親戚の援助を受け、アパートで一人で暮らしていると語った。 「寂しくない?」と僕が聞くと、彼女は緩く微笑み「寂しくないって言いたいけど、由羅君に嘘はつけない」と言った。  真っ赤に燃えた太陽がビルの谷間に沈んでゆく。黄昏の風が胸を吹き抜けた。少し胸がズキズキする。その痛みがどこからくるのか、僕には分からなかった。    
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