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リチャードとの出会い
第3話
「うん」
目を覚ますと見知らぬ天井で、アリスは、塔の部屋で夢を見ているのかと頭がボーとする。
「アリス」
ずっと側を離れなかったシロが、目を覚ましたアリスにスリスリと体をくっつけている。
「シロ┅┅シロ、ごめんね。無事で良かった」
アリスは飛び起きて、シロを抱き上げると胸に抱いて、頬をスリスリこすり付けて、チュ、チュとキスをする。
「アリス~」
雲のような体から2本の腕が、ビョ~ンと伸びて、アリスを抱きしめた(つもり)。
「おっ、相棒が目を覚ましたか?」
男はアリスが目を覚ますと、アリスが寝ているベッドの脇にひざまずく。
「バッグは?ネックレスは?指輪も全部、持っていかれちゃったの┅┅わ~ん」
全財産を強奪されて、涙をボロボロこぼして、目の前の男の存在にかまうどころではない。
宝石をお金に換金すれば、贅沢は出来なくても、どうにか暮らしていけたのに。
もちろん、仕事だって見つけるつもりでいたのに、酷すぎる。世の中は悪人ばかりだわ。
「心の声が駄々もれしてるけど、一文無しか?」
男はアリスがもらした心の声で、なんとなく状況を把握した。
「あなた、誰?」
アリスは、今初めて男の存在に気付いたという感じで、不信な目を向ける。
「はすけた」
「この人が助けてくれたの?あの、すみません。酷い目にあったから、私、あの、ありがとうございます」
助けてくれた人に、お礼も言わずに疑うなんて、本当にバカだわ。
「いや、初めて会う男を簡単に信じたらダメだよ。まあ、僕は無一文の君を騙したりしないから安心して」
アリスがむやみに男を信じないように注意してくれているようで、いい人なんだと安心した。
男爵家では塔に閉じ込められて、外で最初に出会った人には強奪されて、もう人は信じられないと感じていたけど、こんないい人もいると思うと嬉しい。
「シロと、君はアリスだね。店の売れ残りでも良ければ、食事するかい?」
グー
「私、すみません。ペコペコです」
食事と言われただけでお腹が鳴るなんて、恥ずかしい。
「ペコなの」
「また私の真似をして」
「そっか、シロも食べるのか。こいつ、可愛いな。ずっと君の側を離れなかったんだよ」
「シロも、ありがとう」
「あい」
「食事はベッドに運ぼうか?」
「いいえ、起きれます。あっ」
慌ててベッドから立ち上がり、立ちくらみがしてよろけてしまう。
「おっと、慌てなくていいからね」
男は、思っていたよりずっと大きくて、よろけて抱きとめてもらったアリスの頭が、男の胸元までしかない。
改めて見た男は、金髪に緑の瞳、端正な顔立ちで絵本に出てくる王子様みたい。
「わっ、すみません」
慌てて男から離れると、ベッドにチョコンとのっているシロを抱き上げる。
父親にさえ抱き上げられたことのないアリスは、異性の男性の胸に抱きとめられてドキドキしてしまうのを誤魔化すようにシロを抱きしめる。
「じゃあ、キッチンで食事にしよう」
「はい」
◇◆◇
男はパン屋を営んでおり、売れ残ったパンをふるまってくれた。
「どんどん食べて」
「いただきます」
「おいしの」
シロはひと口でパンを口にいれると、モグモグとゆっくり消化していく。
「そっか、うまいか。そうだ、僕はリチャード。パン屋の店主だ」
「私はアリス、こんなに美味しいパンを食べるのは初めてだわ」
塔に閉じ込められて、腐りかけのパンと一欠片のチーズに、水しか口にしたことのないアリスは、そのパンの美味しさに心の底から感動している。
「うまいだろ。天然の酵母を使ってるんだ」
リチャードはパンの話しになると、目をキラキラさせる。
パン作りが本当に好きなのね。
実はアリスが男爵家の塔を出たかった理由は、本で読んだ職業で、天気予報のお姉さんになる為。
明日が雨ならシロは来ないかもしれないと思った時に、本で読んだ天気予報で天気を知りたいと思ったのが、きっかけだったな。
だからこそ、パン屋と言う仕事をキラキラした目で嬉しそうに話すリチャードは素敵だな。
「見ず知らずの私たちを助けてくれて、美味しいパンまでご馳走してくれて、本当にありがとう」
「困った時は、お互い様だよ」
「そろそろ帰ります。お邪魔しました」
「しましま」
またアリスの真似をする。
「またおいで」
リチャードは見送りの時も、シロを両手ではさんで、別れを惜しんでいた。
◇◆◇
店主のリチャードは金髪に緑の瞳の美青年。背が高くて、ハンサムだから、カフェにはリチャード狙いの女の子がパンを買いにくる。
ある日、アリスは、お金持ちの令嬢が馬車の中から腕を出して、紙袋を捨てているのを目撃する。
道端に落ちた袋から、パンが一つ転がって、パンの入った紙袋だと分かる。
お腹の空いていたアリスは、袋から落ちたパンを拾ってシロと半分子する。
「これ、リチャードさんのパンだわ」
「おいしの」
パンをひと口食べただけで、リチャードの作ったパンだと気付いて、店に向かう。
ドアを開けてパン屋に入ると、昼を過ぎたせいか店には客の姿がない。
「あれ、アリスにシロ。久しぶりだな」
華奢な白い手が、拾った紙袋をリチャードに渡して事情を説明する。
「こんにちは。あの馬車からこの袋が落とされて、中のパンが1個だけ地面に落ちたから食べちゃったんだけど、凄く美味しかったわ。袋の中のパンは落ちてないから、届けにきたの」
他の女の子は、リチャードを見たさに店にやって来て、パンは買っていくけれど感想を言われたこともない。
そもそも今の話しから、買ったパンを食べているかさえ疑わしい。
「そうか。わざわざ悪かったな。そうだ、アリス。うちの店でバイトしないか?」
実はアリスを助けた時にも、バイトをする気はないか誘いたかったが、強盗にあったばかりの女の子を誘うのは気がひけて、誘えなかった。
「雇ってもらえるの?あ、でも私、天気予報のお姉さんを目指してて」
「夢があったんだな。いいと思うよ。うちなら屋根裏部屋が空いてるから住み込みで働けるし、天気予報士の仕事に受かったら、仕事は辞めてもいいよ」
顔は可愛いのに、体はガリガリで美しいだろう空色の髪は、ろくに手入れもされずに伸ばしっぱなし。
きっと住まいもないのだろうと予想されるが、没落貴族なのか下品なところは見当たらない。
まあ、見た目も話し方も、深窓の令嬢って感じではないが、リチャードはそこが気に入っている。
シロも可愛いし。
「いいの?」
「ああ、でも天気予報の仕事に受かっても、暇な時は手伝ってもらえるかな」
「いいわ」
「ところで、シロは一緒に暮らすのかい?」
「もちろんよ。シロは私の友達だもの」
「ないない」
アリスが意識を失っている時には友達だと言っていたシロが、アリスが目覚めると友達じゃないと言う。
複雑な魔物心?
「なんでよ」
「ははは、友情の片想いも辛いね」
「ちょっ、片想いじゃないわよ」
「屋根裏部屋に案内するよ。シロも一緒に暮らすんだから見においで」
「あい」
何故かリチャードには素直なシロが、アリスは、少しにくらしいと思う。
(私が先に友達になったのに)
リチャードに屋根裏部屋を案内されて、今日からここがアリスとシロの新たな城になった。
◇◆◇
天気予報士の仕事は、魔法使いが下駄を飛ばして、占うもの。
魔法力を持たない人間が下駄を飛ばしても、3割程度しか当たらない予報を、魔法使いなら5割程度の確率で当てることが出来る。
住み込みが決まった翌日から、リチャードにお給料を少しだけ前借りして切手を買い、天気予報会社に履歴書を送った。
「落ちた」
結果から言えば、学校にも通わず、仕事の経験もないせいか、書類選考でことごとく落とされてしまい、アリスは、自信をなくかけている。
「はあ、面接さえしてもらえないなんて、私ってダメな子なんだわ」
なんの為に男爵家から出てきたのか、足下が崩れそうな予感がアリスを襲っていた。
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