男爵家からの脱出

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男爵家からの脱出

第2話  アリスは雲にそっくりな魔物、シロにつかまって、壁に張りつく練習を3ケ月の間、毎日繰り返している。 「おもいの」 「乙女を相手に、重いって言うんじゃないわよ」 シロにぶら下がりながら、文句を言うアリスは、それでも確実に筋肉をつけて、少しの衝撃ならシロから落ちることもなくなっている。 塔に閉じ込められていた長い間、筋肉をつけるなんて考えても見なかった。 そして、この塔から自由になるなんて出来ないと諦めていた。 「自分でシロにぶら下がるから、塔の下に下ろしてちょうだい」 「あい」 シロはアリスを重いだの、嫌だだの言う割には、毎日塔にやってきて、アリスをぶら下げたまま壁を移動する訓練に付き合ってくれる。 「ありがとう」 アリスはシロを抱きしめて、ふわふわの体にキスをする。 「ふんなの」 気のせいかもしれないが、真っ白なシロが少しピンク色に染まった。  アリスは、会いにも来ないくせに、高価な宝石やドレスだけを塔に運ばせた両親に初めて感謝した。 塔では宝石や派手なドレスなんて身につける意味がない。 それでも塔から出て生活するには、お金が必要だし、そのお金を手に入れる為には、両替できる宝石が役に立つと本に書いてある。 宝石やドレスは気にするのに、ベッドは塔の部屋に元からある粗末な物なのが、今となっては少し可笑しい。 アリスはベッドのシーツの上に、ありったけのドレスや宝石をのせて、シーツを何度かたたんで端と端を結んで背負える形にする。 「シロ、すぐに下りれる?」 「あい」 シロは1人で窓の外に出て、壁を下りようとする。 アリスは急いで窓を覗き込んで、下に向かって話しかける。 「違うわよ。私をぶら下げて、下りてって言ってるでしょ」 「そなの?」 急いで壁を登って、部屋に戻ってくる。 「まったく。ちょっと待ってね」 シーツで包んだ荷物を窓の外に放り投げて、地面に落ちたことを確認する。 「よし、上手くいったわ。じゃあ、よろしくね」 アリスは窓辺に座って、頭の上にシロをのせて、両手をシロの頭の上で結ぶ。 「いくの」 シロの言葉を合図に、長年閉じ込められていた塔から外に飛び出した。 (きゃあ) 叫んで万が一、誰かに聞かれたら、今度はもっと厳重に塔に閉じ込められて、シロにも会えなくなるかもしれない。 そう思うと、高い塔のてっぺんで、足が床についてなくても、叫ぶわけにはいかない。 ポーン ポーン ポーン シロはアリスの恐怖を知ってか、知らずか、急いで下に下りていく。 「ついたの」 「え?え?でも足が地面につかないんだけど」 足をブラブラしてみるが、足が地面についていない。 「見るの」 (見ろと言われても、恐くて目をつぶっていたから、目を開けるのも恐いよ~) 恐る恐る目を開けて、下を見る。 あ、あと数センチで地面に足が届く位置で、シロは壁に張りついている。 アリスが地面に足を激突させないように、数センチ上で止まってくれたのだろう。 「おもいの」 違うかもしれない。 「ありがとう。助かったわ。宝石を売ったら、美味しいものをご馳走するからね」 「おいしの」 アリスの言葉にシロはご機嫌になり、そんなシロを見て、不安だった気持ちが和らいでいく。 「屋敷の方には、私の両親がいて、見つかると塔に閉じ込められるから、反対側から逃げよう」 アリスはシーツに包まれた荷物を背中に背負う。 「あい」 塔から一番近い壁を、塔を下りたのと同じ方法でシロにつかまり、ポーン、ポーンと登って、反対側の壁を一度のポ~ンで地面に下り立つ。 「ついたの」 「やった~。シロ、とにかくここから離れるわよ」 頭にのっているシロを胸に抱え直して、その場から駆けだす。 男爵家の壁を越えた先には、森のように木々が鬱蒼(うっそう)と生えていて、街は見えない。 けれど塔の上から15年間見続けた景色は、周辺に広がる小さな森を抜けると、レンガで作られた家の街並みが広がっていた。 はあ、はあ、はあ 少しでも男爵家から遠く離れる為に、一生懸命に走る。 塔で暮らしてきたアリスは、こんなに走ったこともないし、腕の筋肉だけじゃなくて、足の筋肉も鍛えるべきだった。 そんなノンキなことを考えている自分が可笑しい。 数時間、歩いて、走っただろうか、正確な時間は分からない。実際は30分ほどなのかもしれない。 「着いた。街だわ。シロ、私たち、やっと街に着いたわ」 「あい」 シロはアリスを抱えて塔を下りて疲れたのか、抱きかかえられながら、目を閉じて眠そうに返事をしている。 ◇◆◇  アリスは、街に入る前に背中に背負ったシーツを下ろして、ドレスに着替えて宝石を身につけておく。 「キラキラぼし」 シロが着飾ったアリスを見て、キラキラ星だと言って、アリスの周りをポーン、ポーンと飛びはねる。 「ふふふ、シロはキラキラ星が好きなの?」 「ほしキラキラ」 もしかしたら、シロも同じで、アリス以外で世界に美しい物は、空に浮かぶ月や星、青空や雲しかなかったのだろうか? アリスはシーツを折りたたんで肩口を結んで、大きなショルダーバッグを作った。 「シロ、バッグに入れる?」 「あい」 ポーンと飛び上がって、アリスの作ったショルダーバッグの中に入ってしまう。 「行くよ」 アリスは街に向かって歩き始める。  目の前から男爵家以外で初めて見る人が歩いてくる。 「あの、あの、宝石を売ってお金をもらえるお店を知りませんか?」 緊張したのか大声で話しかけてしまう。 「そんな大きな声を出さなくても聞こえるよ。宝石を売りたいなら知り合いの店があるから、売ってやるよ」 全身が薄汚れた男は、ニヤリと笑って、アリスの身に付けている宝石をジロジロと見ている。 「本当ですか」 アリスは、親切な人に出会えて良かったと胸を撫で下ろす。 「やあの」 「え?」 「キラキラほし、やあの」 「渡したらダメってこと?」 「おい、誰と話してるんだ。気持ち悪い奴だな。早くそのネックレスと指輪をよこせ」 男は手を伸ばして、アリスの指輪やネックレス、イヤリングを奪うと、ショルダーバッグまで無理矢理奪おうとする。 「いや、何するの、バッグだけは返して、シロ、シロ、シロ」 アリスはシロの入ったショルダーバッグだけは奪われまいと抵抗したが、男の力にはかなわずに、地面に吹き飛ばされてしまう。 「シロ出てきて」 ポーン 男に奪われたショルダーバッグから、シロが飛び出すのを見て、安心したのか地面に顔をうずめて気を失ってしまう。 「なんだ?まあ、どうでもいい」 男は何かがバッグから飛び出た気もしたが、とにかく宝石を持って逃げ出すのが先だと駆け出していく。 「アリス」 倒れたアリスを心配して、シロがピッタリと身を寄せている。 「君はこの子のペット?」 背の高い男が、少女の側に寄りそう白い魔物に話しかけてくる。 「とももち」 「そうか、友達か。友達を助けてもいいかな?」 「たすへる?」 「ああ、君さえ良ければ」 「たすへて」 「分かった。君も一緒においで」 アリスを軽々と抱きかかえると、白い魔物も上にのれと身をかがめる。 「あい」 シロはポーンと飛び上がって、アリスのお腹にのっかる。 見知らぬ男に抱かれて、連れ去られてしまうが、アリスは、気を失ったまま。
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