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実技試験
第4話
リチャード目当ての女の子たちが、今日も店にやってきてパン屋は賑わっている。
彼女たちは、トレーの上に適当なパンをのせて、レジに並ぶ。
パンは全部、一つ200ゼニス。
「パンが5個で、お会計は1000ゼニスです」
レジで、リチャードに教わりながら、会計の練習をする。
「ちょっと、リチャードさんと話したくてパンを買ってるのに、あなた何なの?」
アリスに会計されることに納得のいかない女の子は文句を言う。
「うちのバイトがなにか?」
「バイトなら私もやりたいです」
女の子はいきなり、バイトをしたいと言い始める。
「ははは、アリスここはいいから、オーブンからパンを出して店に並べてくれ」
(僕狙いでやってくる女の子なんて、ごめんだよ)
「は~い」
アリスは手にミトンをはめて、オーブンから焼き立てのパンがのった鉄板を取り出す。
「いいにおい。それにこの色、美味しそう」
テーブルに鉄板を置いて、トレーにパンを山積みして、あとは店に運んで並べるだけ。
店に運ぶ途中で、山積みしたパンがコロンと1個、また1個と、転がって、トレーから落ちると思った瞬間、白い手がパンをキャッチして、トレーに戻している。
「シロ、ナイス」
アリスは、気が付かないが、落ちそうなパンをそっとキャッチしてトレーに戻すシロに、リチャードは親指を立てている。
「ナイショなの」
「2人とも内緒話はやめてよね」
アリスは、店に焼き立てパンを並べていく。
そこへ女の子が近付いてきて、アリスの足を引っ掻けようとしている。
シロはショルダーバッグから飛び降りて、アリスと女の子の間で、ピョーン、ピョーンと飛びはねる。
「何なの、このスライム、ムカつくわ」
女の子はアリスへの嫌がらせを邪魔されて、プリプリ怒って店を出ていく。
「ないない」
シロはスライムじゃないし、アリスに嫌がらせもダメって言ってるのかな?
「こら、店で飛びはねたらダメでしょ」
「かまわないよ。ちゃんと理由があるんだから」
リチャードもシロが、アリスをかばって、女の子との間に入ったことを見抜いている。
「かまわいの」
「全然言えてないわよ」
アリスは、リチャードが甘すぎると、ブツブツ文句を言っている。
そんな風に、連日、リチャードファンの女の子からの嫌がらせを、シロが上手く避けてくれている。
「さあ、食事にしよう」
昼は、パンとイチゴ牛乳をもらって、夕飯はアリスが作る。
店のパンに、玉の子と言う野菜とコカトリスのスープ。
コカトリスの肉を焼いて、アリス特製のソースをかけて焼く。
テーブルをセッティングして、シロはテーブルの上にのせる。
「リチャードさん、食事が出来たので、座って下さい」
「コカトリスのステーキにスープか。美味しそうだ」
リチャードは、アリスの目の前に腰を下ろす。
「あ~ん」
パクン、モグモグ。
憎たらしくも可愛いシロの顔が、へのへのもへじのような、微妙な顔に変わる。
「ないない」
ひと口食べた皿を、ビョーンと伸ばした腕で押して、食べないと意思表示をする。
「こほん。料理をしたことはあるのかな?」
リチャードが心配になって、アリスに質問する。
「あるわけないじゃない」
何故か自慢げに、食事を作ったことがないと、堂々と答える。
「味見はしたのか?」
「してないわ」
「┅┅」
いつもはパンをこねて焼く大きな手で、黙ってひと口、コカトリスのステーキを口に運ぶ。
固いのに、生臭くて、口の中にいつまでも残り飲み込めない。
「無理だ」
食べ物を粗末にしたくなかったが、これはすでに食べ物じゃない。
ため息を吐きながら、テーブルの上の料理ののった皿を、台所のシンクに持っていって、ゴミ箱に捨てた。
「何するのよ」
「ないない」
「食べ物を粗末にするなんて」
アリスは、勿体ないとスープをひと口飲んでみる。
「うええっ」
玉の子の野菜を炒めすぎて苦くて、コカトリスも切って煮ただけなのに、くさみが残って残飯のような味が口の中に広がる。
自分の料理がここまでひどいと思わなかったので、ガッカリ。
「ペコなの」
シロは、アリスがガッカリしていることなんて気にしていない。
「簡単に作ったから、こっちを食べてみて」
アリスとシロの前に、リチャードは新しい皿をだす。
皿の上には、サラダとコカトリスを薄切りにして、生姜とニンニクで焼いた肉がのっている。
「パクン」
すぐに白い腕をビョーンと伸ばして、野菜と肉を一緒に口に運ぶ。
「おいしの」
「悪かったわね」
「わるの」
「そう言うこと言う子は、食べてやる」
アリスは、美味しそうなシロを口を開けてパクンと食べるフリをする。
「ないない」
シロは食べ物じゃないとふるふるしている。
「確かに、シロが一番うまそうだ」
リチャードも、アリスの甘噛みしている反対側を口に頬張ってみる。
コツン
「え?」
「あ」
2人の頭がコツンとぶつかって、近すぎる距離にドキリと心臓が高鳴る。
「ドキドキなの」
どちらの鼓動を聞いたのか、シロが言葉にすると、まるでギャグみたいだ。
「ぷっ、くくく」
リチャードが笑いだす。
「ふふふふ。まだ食べられたいみたいね」
「やあの」
この日から、夕飯作りはリチャードの仕事になった。
◇◆◇
「えい」
アリスは、練習用に買った下駄を飛ばして、天気予報を占っている。
「明日は晴れ
次の日が曇り後、雨
晴れ後、曇り
晴れ
晴れ
晴れ
1日中、雨
雨後、晴れよ。どう?」
「晴れ
曇り後、雨
晴れ後、曇り
曇り後、雨
1日中雨
小雨後、晴れ
晴れ
雨後、晴れ」
シロは下駄を飛ばさなくても、天気予報を百発百中させることが出来るし、そもそもひと声で天気を変えることも出来る。
「ギリギリ5割か。難しいな」
「ないない」
「そりゃあ、シロはね。まあ、練習したって、もう応募出来る天気予報会社もないけどね」
店の脇で練習していたところに、リチャードが顔をだす。
「アリス、ここに書類選考なしで、実技試験の結果だけで採用されるって書いてあるよ」
リチャードは書類選考で落ち続けているアリスに、いきなり実技試験を受けられる天気予報の会社を紹介してくれた。
「あ┅┅ありがとう。私、受けてみる」
アリスは、出会ってから助けられてばかりのリチャードに、言葉では言い尽くせないほど感謝している。
早速、天気予報の会社に応募してみた。
◇◆◇
一週間後、応募した天気予報会社から実技試験の開催日が、通知されてきた。
実技試験では各自、天気予報を占う下駄を持ってくるようにと応募用紙に書いてある。
いつもシロを入れているガバンに、練習用に買った安い下駄を入れて、応募した天気予報の会社へ向かう。
自分の名前が呼ばれて、靴を飛ばして、8日間の天気を予想する。
そこから5割当てたら採用と書いてある。
「ここね」
到着した実技試験会場は、スポーツ施設のような場所で、天気予報会社とは別みたい。
案内の用紙に書いてあるように、最初にロッカールームに向う。
そしてカバンから下駄を出そうとするが、見当たらない。
「シロ、入れておいた下駄知らない?」
「ポンポン」
「まさか┅┅食べちゃったの?」
「おいしないの」
「美味しくないのに、何で食べちゃうのよ。シロ、靴を食べた責任とって」
「あい?」
アリスは、試験会場に入った。
前の人は終わったのか、アリス以外は端で見物している。
(う~、終わったなら帰りなさいよ)
「アリス▪アストリアです」
テニスコート位の広さの会場の真ん中に、パイプ椅子を出して座っている3人の面接官にお辞儀をする。
「さっそく下駄で、天気を予報して下さい」
「はい」
アリスは、右足の靴を脱ぐと、カバンからシロを取りだす。
そしてシロに足を入れて、シロを踏むように地面に立つ。
「えい」とシロを空中に蹴りだした。
2メーターほど蹴り飛ばされたシロに、アリスが駆け寄る。
「さあ、シロ。明日の天気を教えて」
「いたいの」
「ごめん、ごめん、明日の天気を教えてくれないかな?」
「やあの。アリスないない」
すっかり、おかんむりのシロに、アリスはその場で土下座する。
「ごめんなさい。シロの好きな物をご馳走するから、ね?」
「おいしの?」
「いっぱい、食べていいよ」
「あい。かみないなの」
「え?明日は雷がなるの?」
「あい」
「あの、天気予報をしたところ、明日は雷って出ました」
こうして一週間の天気を予報していくが、本当はシロは蹴る必要がない。
雷
晴れ
晴れ
晴れ
曇り後、雨
雨後、晴れ
晴れ
晴れ
月曜日から月曜日までを予報したので、半分当たれば採用だ。
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