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告白
第6話
ある日の晩
トントントン
アリスの部屋の扉を叩く。
「どうぞ」
リチャードが扉を開けて、部屋に入ってきた時、アリスは、屋根裏部屋の窓から空を見上げていた。
「空が見たいなら、おいで」
リチャードが窓を開けて、アリスを手招きしている。
おずおずとリチャードの手を取ると、そのまま窓の外に出て、屋根の上に立つ。
「空が見たくなったら、ここに出るといいよ」
屋根に腰かけて、アリスにも隣に座れと自分の隣を、パンパンと叩いている。
「空は、窓から覗いて見るものだと思っていたわ」
アリスは目の前に広がる大空に、胸のつかえが取れた気がする。
「アリスさえ良ければ、天気予報の仕事が決まった後も、ここに住むといい」
アリスは手を握られてビックリしたが、嫌じゃない。
「私もそうしたいと思っていたの」
男性に手を握られた経験なんてなくて、真っ赤になりながら答える。
「アリス、僕はパン屋で爵位なんてないけど、パンだけは一生、お腹いっぱい食べさせてあげる」
「私はコブツキだけど、かまわないの?」
「コブなんて行ったら、怒って出てくるよ」
「大丈夫よ。きっと私の方こそ、自分のコブだと思ってるから」
「くす。そうかもね。実を言うと、僕は君のコブも凄く気に入ってるんだ」
「ふふふ。そうだと思った。私が焼きもち妬くくらい2人は仲がいいから」
「焼きもちを妬いていたの?アリス、本当に?ああ、僕は君が好きだよ」
アリスは肩に手を置かれて、自然とリチャードに向き合う形となり、抱き寄せられて唇を重ねる。
生まれて初めてのキスに、アリスは呼吸も出来なくて、ふるふる震えて固まっている。
「ごめん、嫌だった?」
アリスは黙ったままで、フルフルと首を左右に振る。
「あの、あの、私もあなたが好きみたい」
「┅┅」
アリスはリチャードに抱き寄せられる。
勇気を振りしぼって、気持ちを伝えるとリチャードが喜んでくれた。
その時、2人の後ろの窓辺にはシロがちょこんといて、突然声を出した。
「あめふるの」
シロが言葉を発すると、言葉が夜空に浸透していって、晴天だった星空が厚い雲におおわれていき、突然大雨が降り始める。
ザーザーザー
「シロ」
突然の雨でびしょ濡れになった2人は、同時に叫ぶ。
「ふんなの」
仲間外れにされたとでも思ったのか?
魔物の心も複雑だ。
◇◆◇
今日は噴水広場の周辺を回ってみよう。
『天気変更希望者求む』の旗を持って歩き始める。
「天気でお困りの方はいませんか?」
アリスは天気予報の会社に入れなくても、天気に関わりたいと思っている。
「ほら、あの娘が災厄の魔法使いって噂の」
「男爵家から逃げ出したらしい」
街中でアリスが、水害を起こした災いの魔法使いの再来だと言う噂が広がり、街中を歩くとヒソヒソと陰口を囁かれる。
「かえるの」
シロに言われて、意地を張って街中を歩いても意味がないような気がしてくる。
15年間でわずか数回、塔を訪れた父親に言われた、お前は災いの魔法使いだと言う言葉。
今までは父親だけだったその言葉を、街中の人がアリスに向かって投げつけてくる。
最初は噂話が聞こえても、聞こえないフリをしたり、自分のことじゃないと自分自身を誤魔化してきた。
けれど、アリスを見て、指を指して、災いの魔法使いって言葉を、わざと聞こえるように言われてしまっては、気が付かないフリをするのは難しい。
アリスは塔に閉じ込められていた頃のように、灯りを与えられない暗闇の中にいる気分だ。
「シロ、家に帰ろう」
「あい」
アリスは旗をクルクルとたたんで持ち、噴水広場を通って家路を急ぐ。
噴水の脇を通ると、噴水の水が出ていない。
「何かあったのかしら?」
アリスは水(雨)に関することなので、噴水の水がないのは水不足なのではないかと心配になる。
「ないない」
シロは心配するな、もしくは余計なことをするなと言ってるみたい。
「分かってる。誰も私に何も望んでない。ううん、何もしないことを望んでるのよね」
「ペコなの」
「お腹空いたの?仕方ないな。早く帰って美味しいパンを食べようね」
シロが自分を必要としてくれている気がして、少しだけ気分が浮上する。
◇◆◇
「ほらシロ、家に着いたわよ」
家に帰るとダイニングに向かいながら、まずはシロをバッグから外に出す。
テーブルの上に、リチャードが用意してくれたお弁当を出す。
「シロ、リチャードが作ってくれたご飯食べるでしょ?」
「あい」
ピョーンとテーブルの上に飛びのって、アリスが、食事の準備を終えるのをおとなしく待っている。
リチャードが作ってくれたのは、食パンに卵とベーコンと野菜が入ったサンドイッチと、アップルパイ。
「さあ、食べよう」
「たべゆ」
白く雲のような体から腕を2本ビューンと出して、上手にサンドイッチをひと口で口に入れてモグモグ食べる。
「おいしの」
「足りなかったら、私のも食べていいよ」
アリスは何だか食欲がなくて、シロが食べるのを、ただ眺めている。
「帰ってたのか。今日は早かったんだな」
リチャードは出掛けていたらしく、今、帰ってきた。
「お帰りなさい」
「おかいなの」
「シロは食事中か。アリスは食べてないみたいだけど」
「うん、お腹空いてないから、後で食べる」
心配をかけまいとする。
「街中の噂が原因?」
「ただ、お腹が空いてないだけ」
街中の噂を商売をしているリチャードが知らないはずない。
それでも知られたくなかったと思う。
アリスは恥ずかしくて、逃げ出したい気持ちを、グッとこらえている。
「ポンポンへやいく」
「お腹いっぱいなのね。じゃあ、片付けて部屋に行こうか」
包みをたたんで、ゴミを手早く片付ける。
「リチャード、また後でね」
シロを抱き上げて、胸に抱くと屋根裏部屋に向かう。
リチャードだったら、きっと話しを聞いてくれるだろう。
でも、辛いことを人に相談したことがないアリスには、何をどう伝えればいいのか分からない。
まだアリスの心は、幼い日に閉じ込められた塔の中に入ったままなのだ。
だから、塔の中で仲良くなったシロにだけは、情けない姿を見られても平気だった。
シロは魔物やペットではなくて、アリスの分身のような存在。
「アリスそらみゆ」
シロは屋根裏部屋に戻ると、窓の外に出ようと誘ってくる。
「外に出たいの?」
アリスは抱っこしたシロを、窓のフチにのせて、先に屋根の上に出す。
「風が気持ちいいね。でも落ちないでよ」
「ないない」
屋根の上に座って、リチャードと見た星を思い出す。
「くす。そう言えば、どうしてあの時、雨を降らせたの?」
「きっと思い出を作ってくれたんだよ」
シロに話しかけているつもりだったアリスは、突然リチャードが現れて驚いてしまう。
そしてバランスを崩して、屋根から落ちそうになる。
「きゃあ」
「危ない」
リチャードはアリスを抱きとめると、そのままギュッと抱きしめる。
「どうしてここに?」
「部屋を訪ねたら、シロが入れてくれたんだ」
「そなの」
「何も言わなくていいから、君が辛い時には、僕も側にいさせて欲しい」
リチャードに抱きしめられていると、不安が消えていくのを感じた。誰かに守られるのって、こんな感じかな。
ポタっと、手に水が当たる感触がする。
「ん?雨?」
ザーザーザー
そして、突然大雨が降ってくる。
「シロ」
2人は同時に窓辺を見る。
「ないない」
シロは自分じゃないと言っているようだが。
「だったら、どうして、家の上だけ雨が降ってるのよ」
アリスはシロを追いかけて、窓をくぐり抜けて部屋に飛び込む。
「ないない」
ピョーン、ピョーンと壁に飛び移りながら逃げていく。
「君たちって、まったく。ははは」
リチャードも窓から部屋に入り、タオルを取りに階下へ移動しながら、家が賑やかになったなとつぶやく。
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