干ばつ

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干ばつ

第7話  その年、スヴィタニア王国は、干ばつに襲われ農民は悲鳴をあげている。 前兆として湖の底が見えて、広場の噴水から水が消えて、国民から笑顔も消える。 水不足で作物が育たないので、昨年の保存食がなくなれば飢饉もまぬがれない。 王国民は、水魔法を操れる魔法使いたちに、希望を託している。 子供の頃から聞かされてきた冒険の本では、魔法使いたちが、仲間の為に杖を使ってコップや鍋に水を出す。 深刻な水不足となった今、王国中の魔法使いたちが、水を生み出してくれるはず。 けれど魔法を使えない人々は、ある事実を知らない。 それは、魔法は万能ではなくて、無から有は生まれない。 魔法使いが出している水は、近くの水源から移動させてきた産物でしかなく、水のない場所で水を出せる魔法使いは稀有であると。 ◇◆◇  アリスとシロは、リチャードのパン屋が契約している小麦農家へ定期的に出かけている。 「ハワードおじさん、今日も水やりしていきますね」 「やうの」 水やりをする前にハワードに声をかける。 「おお、ありがとな。本当に助かっておるよ。帰りに寄っておくれ」 ハワードは、白髪頭で長年陽射しを浴びてきたせいか、年齢よりも老けて見えるが、まだ50代。 「あい」 白髪頭の年長者は、シロとも顔見知りとなり、よくオヤツをくれるので、シロのお気に入りだ。 2人(アリスとシロ)は、ハワードの家からすぐ近くにある麦畑に歩いていく。 「さあ、シロ、ハワードおじさんの畑だけ、雨を降らせてね」 以前、周りの畑も一緒に水やりをすると提案したところ、隣近所から、災いの魔法使いの手は借りないと言われて傷付いた。 それからは、アリスもシロも余計なお世話をやかないと決めている。 良かれと思ったことが、人に嫌われたり迷惑になることもあるのだと知ってしまったから。 「アメなの」 ポツリ、ポツリ ザーザーザー ハワードの畑の周辺だけに雨を降らせ終わると、またシロの出番。 「シロ、そろそろいいわ」 「ハレなの」 ハワードの畑の頭上だけ雨雲が立ち込めていたが、風に飛ばされたように、雨雲が消えて陽射しが戻る。 「シロ、お疲れ様」 「あい」 アリスはヒョイとシロを抱き上げて、ショルダーバッグの中に入れると、白髪の年長者の家に戻っていく。 「水やり終わりました」 声をかけると、家の奥から白髪頭が顔を出す。 「おお、助かったよ。食事をしていきなさい」 ハワードは家の中に入れと手招きしている。 「今日はパン屋の仕事があるので、帰ります」 「かえの」 シロは残念そうだ。 「じゃあ、ちょっと待っててくれ」 家主が腰を伸ばしながら家の奥に入り、数分で戻ってきた。 「おむすびとオカズを詰めておいたから、後で食べておくれ」 ハワードのふしくれだった大きな手に、白い生地の包みがのせられている。 「やたの」 「何だ?」 シロの言葉が聞き取れなかったハワードが、アリスに聞き返す。 「やったーって喜んでます。私も嬉しいです。いただいていきます」 「おお、そうか、そうか」 おむすびとオカズをくれたハワードの方が嬉しそうだ。 「じゃあ、また水やりに来るので、よろしくお願いします」 「ああ、頼むよ」 干ばつで苦しいはずなのに、アリスとシロを邪険にする周辺の農家の気がしれないとハワードは思う。 しかも2人とも礼儀正しく生意気なところもない。 あの2人の何が気に入らなくて、大昔の会ったこともない魔法使いの話しなんか引き合いに出すんだか。 人の気持ちとは複雑怪奇だ。 ◇◆◇  いよいよ干ばつが長期化して、飢饉が表面化してきた頃、新たな噂が広まっていく。 それは大昔、魔法使いが、精霊に魔力を与えて、大雨を降らせて干ばつを防いだことで、災いの魔法使いだと、間違った伝承が伝わってしまったと言う噂。 「もしかしたら、雨を降らせてくれると言ったのは、本気だったのかしら」 ハワードの近所に住む農家の人たちが、噂を聞いて騒ぎ始める。 「うちの花壇の水やりも、女の子が、文句も言わずにやってくれたのよ」 アリスに花壇の水やりを頼んだご婦人は、噂を聞きつけたことで、以前のことを思い返している。 街の人たちも本当はアリスとシロは、災いをもたらすような者たちには見えないと思っていた。 けれど男爵や周りの人間が災いをもたらす魔法使いの再来だと言うのに、自分だけが違うなんて言えるはずもない。 そして、皆、誰かが2人に雨を降らすように説得してくれればいいのにと、都合のいいことを考えている。 ◇◆◇  リチャードが夕飯の支度をしながら、アリスに話しかける。 「アリス、君がしたいようにすればいいんだよ。僕はどんなことになっても、2人の味方だから」 「もしも、スヴィタニアの人々から、災いの魔法使いだと言われるようになっても?」 「君は素敵な魔法使いさ。もちろん、シロもね」 「あい」 シロも珍しく同意している。 「誰が噂を流しているのか分からないけど、災いの魔法使いに詳しい人じゃないかと思うの」 「ああ、新しく流れてる噂は、干ばつを解決した良い魔法使いだろ」 「そうよ。伝承の一部だと思うんだけど、私の魔法力をシロが使えれば、大陸全土に雨を降らせることが可能なんじゃないかしら?」 「できう」 「私の魔法力を使えるってこと?」 「だっこでする」 シロが、一生懸命説明している。 「ふ~ん、私がシロを抱っこしたままで、シロが雨を降らせるのね」 「あい」 「よく分かるな」 言われてみれば、そんな風なことを言ってる気がするとリチャードは思った。 「明日は店を閉めて、僕も一緒に行こう」 ◇◆◇  パン屋を休みにして、脇の扉から3人で外に出る。 「おはよう」 普段はアリスやシロと顔を合わせても、無視をする近所のご婦人が声をかけてくる。 「おはようございます」 アリスは普段無視されていることなど気にしていないかのように、ニッコリ笑って挨拶をする。 リチャードは、その可愛らしい笑顔だけてはなくて、強く優しい心を愛しいと思う。 「3人でお出かけ?」 笑顔とともに挨拶が返ってきたことに気分を良くしたご婦人が、よくある質問を投げかけてくる。 「はい、ちょっと雨を降らせに」 アリスは、散々疑われて、嫌な噂を立てられて、無視されて悲しい思いをしてきた。 けれど、天気予報を伝えるのも、干ばつに雨を降らすのも、結局は人の役に立ちたいからだし、人の噂を気にしても仕方がない。 「雨を降らせてくれるの?」 「はい、この子と一緒に」 アリスはショルダーバッグの中で、おとなしくしているシロを見せる。 「そなの」 「まあ、可愛い。こうしちゃ、いられないわ」 シロを見たからなのか、ご婦人は急いで、その場から急いで立ち去る。 「何だったの?」 「わかんない」 「気を取り直して、行こう」 リチャードの言葉に促されて、アリスは歩きだす。 「大陸全土に、雨を降らせるなら、城門の外に出て畑の真ん中で雨雲を呼んだ方がいいのかしら?」 「いや、大陸全土となると、城門の内でも外でも大差ないと思うよ」 言われてみれば、その通りな気がする。 「じゃあ、どこがいいかしら?」 「広場でいいんじゃないか。悪いことをする訳じゃないんだし、人がいてもいなくても気にするな」 物語では、災いの魔法使いは、勇者に捕らえられて、広場で処刑されたことになっている。 「そうね」 アリスはゴクリとツバを飲み込み、覚悟を決めた。
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