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災いの魔法使い
第1話
「あはははは
雨雲よ、来い。
雷よ、落ちよ。
嵐となって
大陸を埋め尽くせ」
災いの魔法使いと呼ばれた女が、髪をふり乱し空中に浮かんで、呪いの言葉を吐いている。
その目はランランと光り、見た者は恐怖におののいた。
その日、オースリッド大陸の半数の人間が、水害によって溺れ死ぬ。
災いの魔法使いの存在は、恐怖の対象として語り継がれていく。
その髪と瞳の色が、空色だったことから、今でも空色の髪と瞳で生まれた子は、忌み子として周りから嫌われている。
そんな魔法使いの物語が、色濃く残る大陸の中で、スヴィタニア王国の男爵家の令嬢として、アリスは生まれる。
「アストリア男爵家に、こんな不吉な髪と瞳の子供が生まれるなんて」
信心深い男爵は、空色の髪と瞳で生まれた我が子の誕生がうとましい。
「いいか、部屋から出すな。お前たちが責任を持って育てろ」
生後間もないアリスを、使われていない部屋に閉じ込めて、侍女に世話を任せる。
しかしアリスがお腹が空いて泣きだすと、部屋のタンスやテーブル、椅子が空中に浮かび、侍女は恐怖で叫び声をあげる。
次々に男爵家を辞めていく侍女に、業を煮やした男爵は、母親の責任だとアリスの面倒を母親のクリスタルに任せる。
おしめが濡れているのに、取り替えてもらえないとアリスが泣けば、部屋の窓ガラスが全て割れてしまい母親は恐怖で泣き叫ぶ始末。
アリスは、空色の髪と瞳を持ち、制御出来ないほどの強い魔法力を持って生まれた。
「こいつは、災いの魔法使いの生まれ変わりかもしれない。このままでは、男爵家はおしまいだ」
アリスの父親は、周りの貴族に娘の噂が広がるのを恐れた。
「セバス、こいつを塔の最上階に閉じ込めて、乳母に世話をさせろ」
アリスがひと目につかないように、敷地の端に立つ、塔に幽閉することを執事に命じてしまう。
◇◆◇
15年後
アリスは、読み書きがやっとの乳母に習い、あたえられた本を読み、スヴィタニア王国の成り立ちや世の中を学んでいく。
15歳になると、腰まで伸びた空色の髪と瞳で美しい少女に成長していた。
食事は1日2回、パン一つとチーズ一欠片に水だけ。
塔に閉じ込められていたので、肌は透き通るように美しく、ほっそりと華奢で、成長したアリスを見たら誰もが大陸で一番美しい令嬢だと褒め称えただろう。
せっかく美しい空色の髪だけは、手入れをされずにボロボロだったけれど。
◇◆◇
塔の部屋は夜になると真っ暗なのに、ロウソクの灯りもあたえられない。
真っ暗な壁を見つめていると、壁のシミが、たくさんの顔やお化けに思えて、アリスは夜を怯えて過ごす。
そんな少女の目に映るのは、窓から見える空だけ。
小さな窓から見える空だけが、アリスの慰め。
◇◆◇
夜だと言うのに、白い雲が窓辺にのっかっている。
「雲が、ここまで降りてきたのかしら?」
不思議に思って、白くて小さな雲に近付いてみる。
もしかしたら、アリスの暮らす真っ暗な世界に、突然現れた真っ白で小さな雲が、その瞳には唯一、キレイな物に見えたのかもしれない。
「わあ、ふわふわ」
アリスは、白い雲にポンポンと手をのせる。
「たれ?」
「きゃあ、雲がしゃべった」
驚いて手を離し、一歩後ろに下がる。
「くもない」
「もしかして、雲じゃないって言ったの?」
アリスは、首をかたむけて白い雲のような物を覗き込む。
「あい」
「ふ~ん、別に雲じゃなくてもかまわないわ。白くて小さくて可愛いもの」
「しろ?」
「あんたの名前、シロって言うの?」
「なあえ?┅┅しろ」
「私はアリスよ。よろしくね、シロ」
「あい」
名前を持たない雲に似た魔物が、アリスにシロと言う名前をもらった瞬間だった。
それからシロは、窓から出入りするようになり、シロが訪れるのを心待にするようになる。
◇◆◇
「今日は雨だから、シロもやってこないか」
(シロがこないと思うだけで寂しい)
水色の髪をたらして、どんよりした暗い雲と、冷たい雨をながめながら、うなだれている。
「あめやあの?」
塔の窓辺に、白い雲に似た魔物が姿を現す。
「シロ、来てくれたの?」
窓に駆け寄って、シロを抱き上げて粗末なベッドの上にのせる。
「あら、なんで濡れてないの?」
雨の中、濡れて会いに来てくれたと思った小さな友人は、窓の外から現れたのに濡れていない。
「まてて」
シロはせっかく抱っこして部屋に入れたのに、ポーンと飛びはねて、窓辺にポテンと座ってしまう。
「シロ、雨にあたるわよ」
アリスがまた窓辺に近付いていく。
「ハレなの」
シロが、たったひと言『ハレなの』と言っただけで、小雨に変わり、暗い雲が風に流れて消えていく。
「嘘でしょ」
アリスが、窓辺に立った時には、空は晴れて青空が見えていた。
「シロって、まるで神様みたい」
「ないない」
「また違うのね。そうよね。でもすごいわよ」
「シュゴイ」
「うん」
シロはアリスに褒められて、ふわふわの体をもふもふと動かして喜びを隠せない。
「ねえ、シロ」
アリスが、シロをじっと見つめている。
「なあに」
「あんた、塔のてっぺんまで、いつもどうやって来てるの?本当はシロは雲で、空から降りて来てるんでしょ?」
いつも窓辺に突然あらわれるシロを不思議な存在。
シロには鳥のように翼はないから、下から飛んで来たとは思えない。
でも、本当に雲だとしたら、下に降りてくるくらい簡単なんじゃないかしら?
「ないない」
どうも雲とは認めたくないみたいね。
「じゃあ、部屋の壁を使ってどうやって登ってきてるのか、見せてよ」
あくまで雲じゃないと言うなら証拠を見せろとばかりに無理な要求をする。
「あい」
返事をしたかと思うと、壁の前にちょこんと座って、ポーンと飛び上がり1メーターくらいの高さの壁に張りついてしまう。
「え?壁にくっついてるの?」
アリスが驚く間も無く、ポーンと飛び上がり、天井近くの壁に張りつく。
またポーンと動いて、次は天井に張りついている。
「すごいわ、すごいわ、シロ、あんたって、すごいわよ」
ポーン
アリスに褒められて、シロはまるで背中に翼でもあるかのようにふわりと床に降りてくる。
「ねえ、シロ」
アリスが、悪巧みでも思いついたような顔をしている。
「やあの」
「まだ、何も言ってないわよ。私がシロにつかまるから、そのまま壁に登ってみてよ」
アリスは返事を待たずにシロを捕まえて頭にのせると、シロの頭の上に両手をのせて手を結ぶ。
「ポーンってやって見せて、ね」
「あい」
小さな魔物は、仕方ないといった感じで、ポーン、ポーンと飛び上がって、2メーターの高さの壁に張りつく。
壁に張りついたシロに、アリスがブランとぶら下がっている。
「おもいの」
「失礼ね。さっきみたいに、天井にも張りついてよ」
「ぷうの」
小さな魔物は嫌がりながらも、アリスに言われるがまま、ポーンと飛び上がって壁に張りついた。
ドスンッ
「痛い」「いたいの、いたいの」
2人(1人と1匹)は落下して、一緒に床に叩きつけられる。
「ごめん、ごめんね、シロ、大丈夫?」
「ごめんなの」
何故落ちたのか分からないシロは、ふるふると震えている。
「シロ、あんたが悪いんじゃないわ。私がつかまってたから、天井にくっついたのが、私の手だったのよ」
壁にはシロの体が吸盤のように張りついていたが、天井ではアリスの手が邪魔をして、シロが天井にくっつくことが出来なかった。
「アリスせいなの」
「そうよ、だから謝ってるでしょ」
「ゆうすの」
「それはどうも」
アリスはそれから毎日、シロにつかまって、壁を登ってもらい落ちない練習をしている。
こんな牢獄のような塔から逃げ出して、夢を叶える為に。
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