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アンジェラが湖につくと、トーマスは上半身裸で水に潜っていた。息継ぎのために頭を出した時にアンジェラを見つけ、こちらまで泳いでくる。
「やぁ、おはよう」
「おはよう。水浴びでもしてたの?」
「いや、腹が減ったから魚でも獲ろうかと思ったんだ。けど、なかなかすばしっこくて」
彼の手には木の枝が握られている。それを見たアンジェラは大きなため息をつくと、水際の岩場の中に手を突っ込み、取り出した数々のモリを手渡した。
「こ、これは……」
「あのねぇ、たかが枝如きで取れるわけがないでしょう。重要なのはこの先端と、モリを飛ばすためのゴム。わかった?」
「す、すごい……。君、こんなことも出来ちゃうんだ」
驚いて言葉を失ったトーマスを、人差し指を動かして呼び寄せると、今度は大きな木の下につれていく。
「なんだい?」
「朝食はあれにしましょう」
トーマスが顔を上げてアンジェラの指の方向に目をやると、さらに口をあんぐりと開けた。枝と枝の間にはネットが張られていて、そこに開きになった魚が何枚も干されていたのだ。
「あ、あれば……」
「捌いて干しておいたの。なかなか美味しいわよ」
そう言いながら木に登っていくアンジェラを目を奪われたトーマスは、思わず笑い出した。
「昨日のトンネルを掘ってる姿も逞しかったけど、君は本当にカッコいいんだな」
「自分一人で生きていけるスキルを身につけないとね。ここから脱走したとしても、家族と再会出来る保証はないし」
「……なるほど。君の強さは、家族や村への愛情で作られているんだね」
「そのために生きているようなものだもの」
二人は火を起こすと、魚を焼き始める。その横でアンジェラは、焼いた石を使って、摘んできた野草や薬草を炒める。その香ばしい匂いに、トーマスの目は輝き、涎がこぼれ、原の虫が鳴り出した。
「あら、元気なお腹だこと」
「こんな美味しそうな香りを嗅いだらね。というか、火なんか使って大丈夫なのかい?」
「えぇ、大丈夫。これも禊ぎの儀式の一つだから」
「ただの煩悩でしかないと思うが……」
「気にしない。禊ぎといえばなんでも信じるのが、オツムの小さな王宮の奴らなんだから」
アンジェラが鼻で笑った。そう、王様が気になるのは占いの結果だけ。それ以外はどうでもいいと思っているに違いない。
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