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「私が行けば、村の人たちを助けてくれるんですよね?」
「アンジー! 黙りなさい……!」
男は不敵な笑みを浮かべると、クックっと喉を鳴らして笑う。
「ほぅ、子供の方が利口なようだ」
「約束して。村には手を出さないと。もし出したら私も命を絶って、あんたたちが占いを出来なくしてやるから」
「……貴様が来ると約束するのであれば、こちらも手は出さないと約束しよう」
「アンジー! あぁ……なんてこと……!」
二人はしばらく睨み合うと、お互いに頷いた。
「すぐに馬の用意を」
「はっ!」
男は背後にいた部下に命令を下すと、アンジェラと母親に、
「十分だけやろう。最後の別れを済ますんだ」
と言って、部屋から出ていった。
その途端、母親は号泣しながらアンジェラを抱きしめた。
「どうしてあんなことを言ったの⁈ 私は……私は……」
きっと自分のせいだと思っているのね……でもこの村の、しかも村長の家に女性として生まれてしまったのだから、母親だって運命から逃れられなかった人間の一人なのだ。
「母さまったら、私は大丈夫だってば。王様の噂は聞いていたから、いつかこんな日が来るような気がしていたの。だから私、これまでいろんなお勉強を頑張ってきたでしょ? それだって、何が起きても平気なように備えていたのよ。でもこの力が受け継がれたのが妹たちじゃなくて良かった」
この村は遥か昔、女神の命を救ったことで加護を授かった。それは未来を予知する力で、村長の家族にだけ受け継がれるという。しかし子を授かると、母親から力は消え、その子が力に目覚めるのを待つのだという。
アンジェラの母も、出産と同時にこの力を失った。
未来を予知する力は、日々の天候や狩りの際の動物たちの居場所を知るために使われてきたが、どこかからこの力のことが漏れ、いつの間にか政治や戦争への助言という役割を担うようになる。
それは国から国へと伝わり、この占いによって村が潤うようになったのも事実だったが、新たな火種を産むことになったのも否定の出来ない現状だった。
「それに私には女神様がついてる。私自身の力で未来を知ることは出来なくても、一人じゃないわ。だから大丈夫」
母親は娘に宥められ、何度も頷く。しかしその時、勢い良くドアが開け放たれ、先ほどの男が入ってきた。
「時間だ」
アンジェラは頷くと、母親と最後の抱擁をする。
「また会いましょう、母さま。すぐではなくとも、必ずその日が来るわ」
「早くしろ!」
男に急かされ、アンジェラはゆっくりと立ち上がった。そして母親に笑顔を見せてからくるりと回転し、背を向けた。
「ついて来い」
背後からすすり泣く声がする。だとしても私はこの村と村人を守れるのは私だけ。もう引き返せない。
アンジェラは意を決すると、男の後に次いで歩き始めた。
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