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住人は、歩き続けたまま懐から缶を取り出し、それを旅人へ差し出す。
「これは?」
「完全栄養ドリンクです。一日に必要な栄養を摂取する事が出来ます」
「あの、そうではなくて。食事ができるところを教えて頂きたいのです。レストランとか」
「レストラン?この街にはありませんよ、そんなもの。この街の人間はこれしか口にしません」
「え?本当に?」
「真実を話さない事にどんな意味が?」
「ああ、いえ。それはそうですけど」
「この栄養食は非常に効率的なのですよ。これ一本で一日の食事をすませますし、ドリンクタイプなので、いつでも、どこでも、手早く栄養を摂取する事ができます。まあ、とにかく受け取って下さい。これ以上無駄な時間を使いたくないので」
旅人は半ば押し付けるかたちで、ドリンクを受け取った。タブを開け口をつけてみたが、味のしない泥のようなもので、到底すべてを飲み干す事はできない。
その後も数人の住人に声をかけたところ、この街の人々は随分効率というものにこだわっているようだった。
「なぜそんなに急いでいるのですか?」
「急いでる?私は効率的に目的地に向かっているだけですよ」
「なぜこの街の人達は私を見て笑うのですか?」
「だってそんなに非効率な恰好をしているのですもの」
誰に聞いてもそんな答えが返ってくる。だから旅人はまた別の住人に聞いてみた。
「この街の人々は、なぜそこまで効率にこだわっているのですか?」
「あたりまえでしょう。それが一番正しいのですから」
確かにそうだ。何をするにも無駄なんて少ない方がいい。
それでも旅人は、この街の住人達と同じようには生きられる気はしなかった。時にはぼんやりとしたい事もあるし、正しいと分かっている行動を、心が認めてくれない事だってある。
ここの住人達と一緒にいたら、自分がどんどん取り残されていってしまいそうだ。非常食として自販機でドリンクを購入し、旅人は街を出る事にした。
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