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 それなら一人でいても同じだったかもしれない。思いながら道を進んで行った旅人は、一軒のラーメン屋を見つけた。  真っ黒な暖簾を出した男らしい店で、軒先には挑戦中の看板が立てられている。  外まで届く豚骨の香りに誘われるようにして店に入りメニューを開くと、旅人は驚く。そのまま注文をする気にはなれず店員を呼び尋ねた。 「ここって、普通のメニューはないんですか?」 「普通とは?」 「辛くなかったり、量が少なかったり」  メニューには激辛やデカ盛り。いわゆるチャレンジメニューと呼ばれる商品しか載っていなかったのだった。 「あー、隣の店に激クサ料理っていうのがありますが。あっ、いや。大丈夫です!ウチでもすぐお作りできますので。絶対作ってみせます!」 「いや、そうではなくて」  旅人の声を聞くことなく、店員は奥へと引っ込んでいってしまった。  頭を抱える旅人。そこへカメラを構えた住人が話し掛ける。 「流石旅人さん。チャレンジャーだ」 「いや、僕は味も量も普通のラーメンを食べたかっただけなんですけど……」  運ばれてきたラーメンは、言葉にするのも憚られるような酷い悪臭を放っていた。何度かチャレンジはしたものの、結局旅人は、唇に麺をつける事すらできないまま店を後にする事となった。  それからも幾つか店を見て回ったが、どの店のメニューも注文するのが躊躇われる料理ばかり。すっかり意気消沈した旅人は、ベンチに座り、満たせなかった空腹を、完全栄養ドリンクで誤魔化しながら息をついた。 「だから言ってるじゃないか。この街の住人は努力と挑戦が大好きなんだ。普通の料理なんて置いている店はないよ」  同行している配信者が言ってくる。 「にしたってやりすぎですよ。そんなになんでもかんでも頑張らなくたって」 「いやいや。目標を持ち、それを叶えることこそ人間の生き甲斐。人間にとって最も崇高な行いじゃないか。夢と努力と挑戦がなければ、僕たち人類はおいしい食事や快適な生活を手にする事はなかったんだよ?」 「だからそのおいしい料理を普通に食べたいという話なんですけど……」 「困難を乗り越えるほど、人は成長できるからね。苦労は買ってでもしろというやつさ。勿論モデルやスポーツ選手を目指している人もいるから、そういう人用の料理を出している店もなくはないよ。君が満足できるものではないと思うけど」 「徹底してるなぁ」 「そう?自分の願いを叶えようとするのは当然の事だと思うけど」 「それは分かりますけどね」 「臆病者や怠け者は幸せを放棄している人間だよ。時間には限りがあるんだ」 「でも、失敗する可能性だってあるわけですし」 「全ての失敗は成功への足掛かりだよ。成功より価値があると言えるね」  確かにその通りかもしれない。それでも旅人は、自分がそこまでの努力を続けられる気はしなかったし、失敗や困難から逃げ出す事もたまにはしたいと思った。  こんな意識の高い場所にいたら、不甲斐ない自分を嫌いになってしまう。配信者の言葉を聞きながら、旅人はこの街を出る決心をかためた。
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