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目的。
「さて、そうこうする内にもうじき目的地だ。下らない喧嘩は終わりにしよう。直に雨も上がるしね」
そこは道の途中だった。片側二車線の車道と、幅が三メートルくらいの広い歩道だ。自宅から歩いて二十分程の場所。散歩や買い物がてら、何度か通ったことがある。そして今日は生憎の天気だからか、通行人はおろか車すら通らない。とは言え一台も見掛けないとは、大きな道なのに珍しいな。
「此処が目的地、ですか? 道端ですが」
うん、と先輩が頷く。そしてスマホを取り出し時間を確認した。あと三分、と呟く。雨音は変わらず続いている。
「丁度いい時間だな。ところで田中君、虹のルールを知っているかい」
また唐突な質問だ。ルール? と聞き返す。
「童話やアニメでは、よく虹を根元から見上げるね。そうして渡ったりするわけだが、実際には虹の上を歩けないと君も知っているよな」
「勿論。だって虹って光の屈折現象でしょ。物理的な接触は無理です」
「その通り。では見え方も決まっているのは知っているかい」
「見え方? いえ、それは知りません」
「君が今言った通り、虹とは空気中の水滴が太陽光を反射するから見える現象だ。その性質故に、太陽を背にした人が立った際、太陽光の進行方向に対して常に四十二度の角度を保つそうだ」
「先輩、詳しいですね。よくわからないけど虹博士じゃないですか」
「サイトに書いてある」
スマホの画面を見せられた。おい、とツッコミを入れる。ただのカンニングかい。その時、違和感を覚えた。先輩、雨なのにスマホを差し出して来た。濡れてしまうではないか。だけど画面には全く雫が付かなかった。つまり。
「ともかくだ。そもそも虹の根元には辿り着けないのだよ」
「じゃあ物語の描写は実現不可能なんですね」
うん、と頷きスマホを仕舞った。濡れていないスマホを。
「だがね、科学だけでは理解出来ない現象が起きるのが現実だ」
先輩が傘を畳む。濡れますよ、と慌てて差しかけたがゆっくりと首を振った。やっぱりそうだ。雨、止んだ。あと三分、とは雨が止む時間を指していたのか。感心した、その時。
「見てご覧」
先輩が目の前を指し示した。そこには。
虹の根元が現れていた。
えっ、と声が漏れる。そして見上げると、巨大な虹が天に向かって伸びていた。
「そんな、だって、虹はこうやって見られないって」
「言っただろ。科学だけでは理解出来ない現象が起きるって。不思議体験、目に焼き付けたまえ」
そっと手を伸ばす。だけど触ることは出来なかった。慌てて写真に収めようとしたけれど、今度は先輩が手で制した。
「目に、焼き付けなさい」
その言葉に昂った感情が落ち着きを取り戻す。虹の根元。真っ直ぐ突き抜ける七色の橋。それらをじっと見詰めた。忘れないように。先輩が見せてくれた光景を、決して無くさないように。
そして、ふっ、と瞬きをした刹那。
虹は、消えた。
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