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音信不通だった実の父と会ったのは、彼が亡くなるほんの2日前だった。 幼い頃に父は家を出ていたため、彼の人となりも知らなければ情もない。 あるのはただ血の繋がりだけ。 連絡をもらっていたから死ぬ前に一度くらいはと会ってみたが、対面したところで見覚えのない人が痩せこけているだけで何の感情も湧かない。 「……でかくなったなぁ。 何もできず悪かった」 「別に今更謝られても何も感じないけど」 父は目を伏せて笑い、俺に紙切れを渡した。 そこには震える文字で住所が書かれている。 「頼まれてやってくれないか」 遺品整理か、と面倒に思っていると彼は呟いた。 「私は本当に大変なことをした。2番を頼む」 「2番?」 苦笑した彼は、どこか遠くの空を見つめていた。 父の目には明らかな後悔が見えた。 父は一言、”行けば分かる”と呟き、俺に鍵を渡した。 ** 柊理都(ひいらぎりと)は、タワーマンションの前にいた。 季節は2月。吐く息が白く、寒い日だ。 父が亡くなり葬儀には一応出席したが、いかんせん幼い頃にはもう関わりもなくなっていたため、涙の1つも出なかった。 ただ渡された住所が気にはなっており、鍵を使用してエレベーターで上がっていく。 タワーマンションの最上階。 どうやら父は相当な金持ちだったようだ。 2番とは、一体何なのだろう。 大事な仕事のデータとかそう言った類のものだろうか。 少しだけ緊張しながら鍵を開けると、玄関前の壁に寄りかかる人を捉えた。 彼は薄らと目を開け、ぼんやりと俺を見つめる。 思わず息を飲んだ。 人がいるなんて聞いていない。 少しも焼けていない真っ白な肌に色素の薄い茶髪、大きな目。中性的な小柄な男性で、おそらく身長も150センチ代だ。 父のものなのかサイズの大きなTシャツを着ている。 「みなと、どこ?」 柊湊は、俺の父の名だった。 「死んだよ」 「死んだ?もういない?」 「うん」 「……そう、なの」 言葉を詰まらせるが、泣いたり取り乱したりする様子はない。 表情ひとつ変えず、そっと目を閉じた。 「大丈夫なのかよ、お前名前は」 「2番」 「は?」 彼の長いまつ毛が、影を落とす。 「2番」 ふざけるなとは思うが、冗談で言っているように1ミリも感じられず怒鳴る気力すら失せる。 「年は」 「20だと思う」 そんなはずがない。 どこからどう見ても、高校生くらいにしか見えない。 「柊湊との関係は」 「……僕に、真っ暗以外のこと教えてくれたひと」 ふいにふらっと彼の体が揺れ、床に倒れる。 よく見ると目の下にかなり濃いクマが出来ており、長く眠っていなかったことがうかがえる。 「……頼まれてやってくれないかって、なんだよこれ」 とりあえず彼を抱えて奥の部屋へと運ぶ。 あんなところに座っていたから、体が冷えている。 部屋には高価そうな家具が揃えられていた。 クイーンサイズほどの大きなベッドがあり、とりあえずそこに横にする。 まさか誘拐とかじゃないよな。 いや、本当かは分からないが20歳だと言っていた。 成人男性であり、そもそも家から出られる状況下で逃げてもいないし、誘拐の類ではないだろう。 父の恋人……というには年齢が離れすぎている。 子どもとか?25歳である俺が記憶にすら残っていないような幼い頃に出ていっているわけだから、あり得ない話ではない。 ふいに目線を広げると、机の上には、父の日記とクリアファイルが置かれている。 ファイルの1番上には新聞記事が挟められていた。 その記事は3ヶ月程前のもので、当時何度かニュースで報道されていた。 しかし報道規制が入ったようで、いつの間にか聞かなくなった。 記事には大きく見出しで『施設での虐待事件』と書いてある。 当然被害者は別の児童養護施設に引き取られたはずだし、関係者は逮捕されたはずだ。 なぜこの記事がこんなところに。
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