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続いて”空”と書いてやる。
比較的簡単な漢字で良かったと思う。
「これもソラ。
漢字で書いたらこう」
「これだけで、ソラ?」
「そうだよ」
「これ、覚えるの」
メモ帳を破ってやると、ソラに渡す。
それを頷きながら受け取ったソラだったが、少しだけ考えたような顔をしてまた机に置いた。
「りと、は?」
「ん?」
「りとのも」
俺の漢字が知りたいのだろうか。
画数多いからなと思いながらも”理都”と書いてやると、ソラは少しだけ口元を綻ばせた。
ほとんど表情は変わっていないのに、どことなく嬉しそうに見える。
「うん、うん」
何に納得しているのか、じっと名前の書かれたメモを見つめるソラに、まるで新しいおもちゃを買ってもらった子どものようだと思う。
メモ帳をもう1ページ破り、ボールペンと共に渡してやる。
「ご飯作ってくるから自由に書いてて良いよ」
「……わ」
ボールペンを鷲掴みにするように不器用に握ったソラに、手を添えて正しい握り方を教えてやる。
これだと中指の爪のない部分がボールペンにあたって痛いのだろうかとも思うが、特に気にしてもいないようで上手に持てている。
「これで書くんだよ」
「うん、分かったの」
子どもみたいだけれど、教えてやれば覚えは早い。
何やら書き始めたソラを横目に、俺は立ち上がると食事の順番を始めた。
野菜や肉や果物など樹はたくさん食材を買ってきてくれていた。
俺がもし料理できなかったらどうしたのだろう。
料理好きなこと、母さんが父さんに話して、父さん経由で聞いたりしていたのかな。
食材はたくさんありはするけれど、いかんせん熱があるのでおかゆにしておこうかな。
料理を終えて机の上に並べていくと、ソラが
控えめに白い紙を差し出す。
筆圧がなかったのか、そこにはやけに薄い文字で”空””理都”と書いてある。
震えているし歪んでいるが、ちゃんと読める。
「なに、お前漢字で名前書いてたの?」
「よめる?」
「上出来だよ」
ソラがぎゅっと紙を握りしめる。
「……うん」
何かを噛み締めるソラの頭を撫でた。
どんな感情が生まれているのか想像がしづらいけれど、これまで痛みに耐えることしかなかった人生なのだから色々な感情になるのは良いことのはずだ。
「ご飯、食べようか」
「うん」
まるで汚したくないかのように、見本にしていたであろう俺の書いた名前をベッドボードに置く。
ゆっくりとではあったがお粥を食べ終えたソラに解熱剤を飲ませた。
薬に抵抗があるのか体が強張っていたのを後ろから抱きしめ、耳元で大丈夫と唱えるとやっと飲んでくれた。
「りと」
「なに?」
「僕はりとに、何ができる?」
「何もしなくて良いよ」
ソラがぎゅっと口を結ぶ。
何か言いたそうだけれど、それを言葉にするだけの語彙力がないのかもしれない。
「……うん」
表情は変わらないのに、どこか泣きそうなソラを見ながら、この子は本当に危ういなと思った。
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