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それから、空を眺めたり、アニメを見たりしながら穏やかに過ごした。
名前の書かれたメモの存在が気になるのか、何度もベッドボードに確認をしに行っては、手に取って眺めたりどこか満足そうに頷いたりしていた。
夕方にりんごを剥いてあげると、ソラは両手でそれを握って口へと運んだ。
「りと、知らない味」
「果物は甘くて美味しいだろ」
「ん、おいしい」
「樹が買ってきてくれたから感謝だな」
「買って……?」
「少し体力ついたら一緒に買い物も行ってみるか」
理解しているのかは分からないが、うんうんと頷きながら小さな口で少しずつりんごを食べていく姿が可愛くて思わず微笑んだ。
夜になる頃には、解熱剤が効いたのかやっと熱が下がっていた。
少し長引いていたからほっと一安心する。
ソラは自分で体調不良を訴えたりはしないだろうから、気にかけてやらないとと思う。
熱があったことでソラも汗をかいただろうし、昨日はお風呂に入れていないからと、お風呂掃除をしてそのまま浴槽にややぬるめのお湯を張った。
シャワーでまた湯冷めして風邪をひいてはいけない。
リビングに戻ると、ソラは窓にくっついて外を眺めていた。
本当にそこから景色を見るのが好きなようだ。
真っ暗な空には星が出ており、街は輝いて見える。
「また見てんのか」
「うん、りと、白いまんまる、もうない?」
「雪?あぁ、もう一回くらいはあるかもな」
「そうなの」
あの日どこか嬉しそうに見ているように感じたから、次雪が降ったら少し外に出てみるのも良いかもしれない。
「今日はお空、キラキラ」
「そうだな」
「あれはなに?」
ソラが指を指した先では、人が歩いている。
「あれは人だよ。
ここはすごく高いところにあるから、あんな風に人が小さく見えるんだ」
「そうなの」
「ソラはどれくらい外に出たことあるの?」
指を折りながら数えるソラに、それが限りなく少ない回数であることは分かる。
「施設から運び出されたときと、病院いたときに少しと、みなととここに来たとき?」
「……施設では、外には全然出なかったの?」
「うん、四角のお部屋にずっといたの。
真っ暗で、冷たくて、床が赤とか白とかで汚れてるの」
「あーごめん、思い出さなくて良い」
「どうしてごめん?」
首を傾げるソラに、何も言えずに苦笑した。
ソラは辛い経験を本当に普通のことのように話すから息が苦しい。
生まれた時から劣悪な環境だったからそれが日常になってしまったのは理解はしているけれど、そんなのはあまりにも悲しすぎて。
「ごめんは、悪いことした時に言うって施設で言われてたの。
りとは何にも悪いことしてないから、ごめんはないの。
僕はよく、ごめんなさいしてた」
「ソラだって何にも悪いことしてねーよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「りと、施設いなかったのに、変なの」
思わずソラを引き寄せ、抱きしめた。
20年生きてきて、ソラの楽しかったことはなんだ。嬉しかったことはなんだ。
好きだったことは、大切だと思ったことは、安心した時間は。
きっと、何もないんだ。
「りと、あたたかい」
「人の体温は温かいんだよ」
「いろんな人、おおいかぶさってきたことあるけど、温かく感じなかったの」
「……知らねーよ、そんなのもう忘れろよ」
抱きしめた体からソラの息遣いが伝わってくる。
ちゃんとここにいて今生きているのに、あまりに儚い。
唇を一度噛み締めて心を落ち着けると、ソラの肩に手を置いて彼を離した。
「風呂、沸かしたから入りな」
「わかした?」
「湯船つかったことない?」
「う?」
首を傾げるソラに、ため息を吐く。
初めてだとすれば、また何かやらかす可能性もある。
「一緒に入るか」
「分かったの。痛いする?」
「しねーよ、おいで」
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