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「……みなと、みなと」 声がしてはっと目を向けると、先ほど気を失うように倒れたはずなのにもう彼の目は開いている。 表情ひとつ変わらないのにぽつりとその名を呼び続けるその姿に、思わず顔を歪めた。 「柊湊は大切な人だったの」 「たい、せつ?」 少しだけ沈黙が走ったあと、彼は首を傾げた。 「大切な人って?」 まるでその言葉の意味すら分からないと言うような物言いに、違和感を覚えた。 喋り方が、驚くほど拙い。 まるで小学生やそこらの人間と話しているのではないかという錯覚に襲われる。 「お前本当に20歳なの。証拠は」 「みなとが言ってた」 「は?それだけ?」 「ファイルに入ってるの、見せながら、言ってた」 新聞記事の下には、プレートが入っていた。 そこには西暦が書かれており、それは確かに20年前になるが、これが証明だとでもいうのだろうか。 「いま、なんじ?」 「は?今は12時過ぎだけど」 「大変。ご飯、食べないと」 慌てて体を起こした彼がふらつく。 どう見ても寝不足なのだから、飯よりは眠った方が良さそうだけれど。 「12時と、夜の8時はごはん。 お約束」 壁に手をつきながらキッチンへと向かった彼が、冷凍庫を開けて袋を電子レンジに入れる。 袋にチャーハンと書いてあるのが見える。 「これ、教えてもらった、できるようになった、でももうすぐなくなるの」 これが成人男性のはずがないだろう。 語彙力も乏しく感じるし、やたらと舌足らず。 歩くのもふらふらだし、指先もあまり上手く使えていないように見える。 その時、ふいにドアの開く音がした。 「よー2番、生きてるー?」 軽い口調と共に、明るい茶髪の男が入ってくる。 20代半ばくらいだろうか。 180センチ以上はありそうな長身で、俺を見るやいなやくすりと笑った。 「えーまさか理都?湊さんと似てるなぁ」 「誰ですか。なんで俺のこと」 「湊さんの子でしょ?てことは湊さん死んじゃったかー。 まぁ病気かなり進行してたし無理だよなぁ。 息子に頼んでみるって話、ガチだったんだ」 入ってきた男はビニール袋を手に持っており、チャーハンと書かれた文字が透けている。 それを冷凍庫に入れていくと、2番がこくこくと頷いた。 「これなら、大丈夫なの」 「まぁそろそろなくなる頃だと思ったからねー」 異様な光景。 2番と呼ばれる青年は明らかに幼いのに、彼はそれに全く驚いている様子はない。 「……詳しく教えてもらえませんか」 「んーまぁ良いけど何が知りたい?」 「まずはあなたの名前を」 「椎名樹(しいないつき)」 「この子は」 「こいつは2番」 聞いたことしか答えない目の前の男に、バンと机を叩く。 「2番ってなんなんですか!そんなふざけた名前」 「じゃあ名前ない、この子には」 「は?」 2番と呼ばれた彼が手にミトンをつけ、電子レンジから袋を取り出しお皿に盛る。 「施設の虐待事件の被害者。 報道規制入ったから知らないだろうけど、思ったより悲惨だよこの事件は。 2番は施設長が作った子で戸籍もないし名前もない」 「え……え?」 「ちなみにこのナリでハタチ。 だから児童養護施設でも引き取れなかった。 殆ど外出てないから日光浴びてなくて成長してない。 教育受けてないから何も知らない」 2番がスプーンを握って立ったまま皿の中のチャーハンをすくい口元へ持っていく。 「これは湊が教えてた。 食わないと死ぬからね。 2番、美味しいー?」 「おいし、って?」 「分かんないならとりあえず美味しいって言っときなー?」 「うん、分かった、おいしい」 目の前の光景に眩暈がする。 日本にも戸籍がない人は約3000人程存在していると聞いたことはあるが、名前もなければ教育も受けていない子が実在しているなんて。 「警察に話したりしないのかよ」 「んー?事件になったんだから当然もう知ってるよ。 この子の両親含め施設の関係者は逮捕されているし。 成人しちゃってるからこそ対応難しいんだよね」 チャーハンを食べ終えた2番が、限界だとでも言うようにリビングに歩いてきて座り込むとそのまま机に突っ伏す。 すぅすぅと寝息を立て、電池切れのように眠った。
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