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マンションの自動扉が開き、ソラが小さく”わ”と声を上げる。 そうか、こんなものでさえ珍しいのか。 施設にいた20年間殆ど外へは出ていないと言っていたから、真新しいものだらけだろうな。 外はひんやりと寒いが、すぐにまたコンビニに入ると温かくなる。 それなりに人がいるが、ソラが特に人を怖がる様子はない。 生まれた時からずっと酷い扱いを受けてきたから、それが普通のことすぎて怖いという認識さえできなくなっているのだ。 この前は料理していた俺が持っている包丁を見て”痛いことする?”と怯えもせず聞いてきたくらいだ。 「あ」 「何?何か見つけた?」 ソラはパンのコーナーで足を止めていた。 そういえば、施設での食事は食パンだったって言ってたっけ。 「せっかくだから今日の昼は何か買って食べるか。 パン食べる?」 「こんなにたくさん食べられないの」 「全部じゃないよ。1つどれにする?」 「見たことないの、いっぱい」 きっとたくさん商品が並んでいるだけで不思議なんだろうな。 「あ、これ、夜のお空、似てる」 ソラが指差したのは、クロワッサンだった。 さすが空が好きなだけあって、よく見ている。 「これね、クロワッサンって言って本当に三日月って意味なんだよ」 「みかづき?」 「ソラがよく見てる、こんな形の月のこと。 これにする?」 「うん、する」 食パンしか食べたことがないと言っていたから、こういう甘いパンには驚くかな。 美味しく食べられると思うけれど。 辺りをきょろきょろを見渡すソラの手を引いてレジへ向かうと、支払いと購入を済ませコンビニから出た。 ほっておいたらずっと商品を眺めていそうだ。 ソラの服装では外は中々寒いので、早く帰ってやろうとしている最中、俺の服がぐいぐいと引っ張っられる。 「りと、りと。見つけたの」 「ん?」 ソラがコンビニの前のゴミ箱に視線を送っている。 「何見つけた?」 「これ、見て」 ソラが指差したのは缶のゴミ箱で、そこには”空き缶”と書かれている。 「お名前」 そこまで言われて、そういうことかとふっと笑った。 俺が教えた”空”の漢字を見つけたのだ。 「ほんとだ。よく覚えてたな」 「うん」 ソラが目を細める。 今朝服に着替えた時もそうだったが、最近たまにこの顔をする。 きっとこれが、今のソラなりの精一杯の笑顔なのかもしれない。 家に着くと手を洗い、樹が買ってくれていたパックのリンゴジュースも一緒に置いてやる。 そのリンゴジュースは子ども向けのキャラクターがついたもので、さすがに樹から見たソラが子どもすぎないかとは思うが、少量なのでソラにはちょうど良いのかもしれない。 「……た、だきます」 手を合わせたソラに笑いかける。 少しずつ色々なことを覚えてきている。 「うん、いただきます」
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