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ーー嘲笑が聞こえる。 耳障りで、凄く嫌な声。 両手が動かない。 縛られていると気付くまで数秒かかる。 “1番、眠っちゃってたんだ” ほんの数分寝てしまっていた。 それだけなのに、どうして。 “寝ちゃうからこんな風に縛られちゃうんだよ? 1番は引っ掻かくし殴ってくるし危ないから今日は拘束プレイをしよう。 イき地獄味わってみようか” 息苦しい。 嫌だ、嫌だ。 「……っや、だ!」 「優月」 はっと目を開けると、手を握られている。 冷や汗が出て、唇が震える。 「怖い夢でも見た?」 慌てて手を離した。 縛られていない、施設にいた時の夢だ。 「……俺、何か言ってた?」 ガタガタと震えを抑えながら尋ねると、 少しだけ考えた樹が、優しく笑う。 「いや?大丈夫大丈夫」 辺りを見回す。 カメラもないし、樹以外には誰もいない。 息を吐くと、ソファにもたれた。 おでこと首が冷たい。そっと触れると何か貼ってある。 机に置いてある冷えピタの箱が開いていて、自分に貼られているものを理解する。 最悪な夢は見たが、眠る前より体自体は楽になっているような気がした。 解熱剤だというのはどうやら本当だったようだ。 おでこの冷や汗を袖で拭う。 こんな弱味を与えるようなところ、樹に見せたくないのに。 「熱測ってくれる?」 「やだ、ほっといて」 「やっぱやだかーじゃあ触っちゃうよー」 ふいに冷えピタが貼られていない方の首元に触れられて、慌てて手を払う。 睨むと、ははっと樹が笑った。 「少しは下がってそうじゃない?どう?ご飯食べられそう?」 「いらない」 「えー!一応ちゃんと食える代物になってると思うんだけど!」 いらないと言ったのに、樹が鍋から2つの椀にご飯をよそっている。 「一口だけでも!ね? 結構頑張って作ったからさぁー!」 目の前に置かれたのはお粥で、ぞわぞわと気持ち悪さが拭えない。 また、優しいフリだ。 こんな、まるで看病しているみたいなものを作るなんて。 「……やっぱり食べてくれない?」 とはいえ、料理下手の樹が一生懸命作ったのだと思えば、無碍にするのも申し訳ないような気もしてくる。 「食材が勿体無いから食べる。 それだけだから」 「うんうん!それで充分充分!」 嬉しそうに笑う樹に、こいつは本当に表情豊かだなと思う。 スプーンで掬って一口食べた。 ふわっと柚子の香りが鼻を抜ける。 卵の優しい味とご飯の甘味が広がって、美味しいと思える。 樹は頬杖をついて俺を眺めていた。 「どう?結構美味しくない?」 「……奇跡的に食べれる」 「あはは、やったー」 食欲はないはずなのに、不思議と喉を通った。 自分のために作られた食事か。 随分と久しぶりだな。 「あんま見るなよ、食べにくい」 「はーい」 樹もまた、同じお粥を食べ始めた。 病人でもないのに、俺に合わせて同じ食べ物でよかったのだろうか。
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