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なんで、どうして突然そんな話になるのだろう。
やはり手放したくなったのか。
看病が面倒くさかったから?
やたら睨んで暴言ばかり吐いていたから?
俺はまた捨てられるのか。
「待って待って。
なんか複雑な顔してるけど、聞いただけだからね?
実はずっと君のお父さんから連絡もらってるんだ。
病院づてにだけど」
「は?なんで今更……」
「施設関係者が逮捕されたこと知ったんでしょ。
俺も君のお父さんから連絡受けてること優月に言うか悩んでたけど、隠してるのも良くないからさぁ。
実際会うかどうかは優月が決めることだし。
向こうは一緒に住みたがってるみたいよ。
やり直したいって」
父親との記憶は、もう何年も前になる。
母と仲良くしてた頃は仕事で家には殆どいないものの目を合わせれば気にかけたフリはしてくれていた。
だがそれも夫婦仲が悪くなってからはなかったし、それ以降は頻繁に殴られた記憶しかない。
そもそもあんな施設に俺を売った人間でもあるし、一緒に暮らすなんて、とても。
「優月は成人してるし、君の意見が反映されるよ。まぁゆっくり考えな」
もうすっかり冷たくなくなった冷えピタを剥がすと、それはもう粘着力もなくなっていて価値のないものとなっている。
何もしない俺は、まさにこれだ。
俺の今の状況は、家賃も生活費も何も入れられておらず、金銭面の面倒を赤の他人が見ていることになる。
異様、だよな。
冷えピタをゴミ箱に入れる時、やたら胸が騒つく。
喉の渇きをどうにかしたくて、焦ったように冷蔵庫から水を取り出した。
ぼんやりとグラスにそれを入れようとして手元が狂い、
大きな音と共にグラスが床に落ちる。
グラスは割れ、破片が辺りに飛び散っていた。
殴られる、と反射的に思った。
こんなの、怒られて当然だ。
慌てて片付けようとすると、ひょいっと子どもみたいに抱えられベッドに降ろされる。
施設では、良くないことをすればお仕置きと称して乱暴にセックスさせられることはあったから、そっちだろうか。
居候の分際で家主の物を壊すなど、きっと酷く怒った顔をしているはずだ。
「怪我してない?」
けれど、樹は想像したような顔はしていなかった。
どこか心配そうに俺を見ている。
「やー悪かった悪かった。
寝起きなのに考えさせるようなこと言ったの俺だからねぇ」
困ったように樹が笑い、チラシを広げて割れたグラスの処理を始める。
「……っなんで怒んねーの。お前のもん壊してんのに」
「え?なんで?怒るポイントあった?」
やっぱりこんなのは、普通ではない。
こんなことをしてしまえば、いつだって殴られていたし怒鳴られていた。
そういえば、苛々させるような言動はずっとしてきたはずなのに、樹が怒ったところを見たことがない。
優しくされるのは、怖かった。
酷く扱われるのはもちろん嫌いだが、
両親みたいに、優しかった人間に捨てられるのは何よりも最悪の気分だと知っていた。
そうか。
捨てられるのが怖いなら、自分から離れるべきなのか。
そもそも怒らない人の特徴として、人に興味関心がないからだと聞いたことがある。
興味がないのだから、優しいフリなどすぐ終わって、信用した頃に捨てられるに決まっている。
そうだよな。
何を勘違いしかけていたのだろう。
「……俺、父さん、会ってみる」
父親になんか、今更会いたくもなかった。
だがどうせ迷惑かけるなら、血の繋がりがある方が良いしその方が普通に決まっている。
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