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「平気?」 「実の親だよ。会いたくないわけないじゃん」 樹がどこか焦ったような表情をしている。 「……分かった。連絡するけど、いつ会う?」 できるだけ早い方が良い。 ただでさえ最近は樹に調子を狂わされ始めているから、決心が揺らぐ前の方が良かった。 「別にいつでも。もう今日で良い」 「連絡入れとくよ」 会うと思えば、心臓が破裂しそうな程鳴り響いて仕方がない。 樹だって、もう一刻も早く俺にはいなくなってほしいに決まっていた。 携帯を見ていた樹が、息を吐いて俺をみる。 「今日ならいつでも優月のお父さんの家に行ってもいいってことみたいだけど、どう?」 好都合だ。 父は俺と住みたいと言っているのだから、そのまま居座れば良いのだ。 「すぐ行く」 「なんか顔色悪くないー?」 困ったような樹に頭に触れられそうになり、それを払った。 この家は居心地が悪かった。 自分が作った飯を美味しそうに食べる人がいるのも、 熱を出せば心配そうにする人がいるのも、 ベッドで寝かされそうになるのも、 一切暴力を振るわないのも、やたら優しい言葉ばかり吐かれるのも。 全部、全部、いらないものだった。 それなのにどうして、離れるのを嫌だと思ってしまう気持ちが片隅にあるのだろう。 「住所教えろよ」 「俺も行くから連れていくよー」 「は?何で樹も行くんだよ。関係ないじゃん」 「えー1人で行かせるわけなくない?俺が連れていくし住所も教えないからねー」 樹と父親が会うのは、嫌だった。 捨てられるのが怖くて自分から離れようとも思っているのに、 もし樹が父に”大変だったんですよーあげますからさっさと引き取ってください”とでも言おうものなら、結局また最悪の気分にさせられるに決まっていた。 「そんなのずるい。住所教えろよ」 「えーだめーやだー」 飛びついて、冗談っぽく笑う樹の携帯を奪おうする。 この身長差で奪える訳もないが強引に手を伸ばせば、爪が肌に引っ掛かる感覚がして慌てて手を引いた。 樹の右手の手首下あたりに、ほんの少し引っ掻き傷ができる。 「……あ」 怪我させた、とぎゅっと目を瞑るが、思っている刺激はやって来ず恐る恐る目を開ける。 「元気だねー」 まるで大丈夫とでも言うようにポンポンと頭に触れられて、自分の服をギュッと掴んだ。 本当に、何で怒らないのだろう。 こんな人間は知らない、分からない、怖い、怒鳴られた方がマシだ。 そんなに俺に興味ないのかよ。 「もう、分かったから早く連れていけよ」 バツが悪くて目を逸らす。 こいつとももう最後かもしれないのに、素直さの欠片もなく、グラスを割ったことにも傷つけたことにも、謝罪の1つさえ言えない。 「まぁ遅かれ早かれ切っては切り離せない関係だったから会うことにはなるよね。 俺も覚悟決めて行くかー」 何故樹が覚悟を決める必要があるのだろう。 俺の父さんみたいなクズに会うのが嫌だから? それなら別に付き添わなくて良いのに。 俺だって樹と父がどんな話するのかなんて聞きたくもないのに。 車の後部座席に乗り込むと、頭痛がした。 施設に売られる時も、こんな風に後部座席にいた。 父だってもしかしたら反省しているかもしれないし、樹にだってまたどこかで会えるかもしれない。 会える? 何考えてんだ俺。まるでまた会いたいみたいに。 別にこんなやつ、どうだって良いだろう。 “おはよ、優月” 朝挨拶された時の手の温もりが、残っている感覚がする。 こんなものがあるから何故か胸が痛いんだ。 早く、消えてなくなってしまえ。
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