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1時間ほど車を走らせて着いたのは古さの目立つアパートだった。 母とは離婚をしているはずだが、その後再婚などはしていないのだろうか。 「今からでも引き返せるよ。本当に会う?」 「何回も聞くな。行く」 手が震えてしまうのを、反対の手で握り込んで抑えた。 もう何年も経っているのに、俺はいまだに父が怖いとでも言うのだろうか。 インターホンを樹が鳴らすとドアが開くのが分かる。 「こんにちは。 優月の退院後一緒に暮らしています。椎名樹と言います」 「あぁ、入ってくれ」 俯いている俺の耳に、丁寧な樹の自己紹介と、ぶっきらぼうな父らしき人の声が届く。 恐る恐る顔を上げれば、そこには面影の残る父がいた。 あんなに大きな人だと思っていたのに、樹を見慣れたからか自分が成長したからかどこか小さくも見える。 黒髪で短髪、170センチ少しくらいのくたびれた印象の人だ。 「優月、久しぶりだな」 声をかけられて、一瞬身を引いた。 この人には何発殴られたか分からない。 そんな俺の背中を樹がそっと押して中に入る。 物がほとんどない部屋、中央に置かれた机の周りにうながされて座った。 「優月、ここで一緒に住もう」 淡々と話す父を、きつく睨んだ。 「何で急に、俺と住もうと思ったわけ」 「そんな睨むなよ。 俺ら親子じゃん、助け合いだよ」 引き攣った笑顔が妙に嘘くさくて気持ちが悪い。 「本当に悪かったって思ってんの」 「当たり前だろ?」 張り付いたような笑顔。 もし父さんが本気で反省していて俺のことを大事に思っていて関係をやり直せたら良いと頭の片隅では思っていたけれど、どこまで信用して良いのか分からない。 樹は特に口を挟むこともなくじっと話を聞いている。 父の表情や俺の表情をやたら観察するように、目線だけは動いていた。 ……どちらにせよ、俺はお金もないし一人暮らしもまだできない。 父さんがどんなでも、他人である樹にこれ以上面倒見てもらうのもおかしいし、俺の居場所なんてハナからないのだから、それなら俺を生んだやつに責任取ってもらうほうが普通だ。 「……分かった、ここに住むよ」 「良かった良かった!じゃあ君、椎名君と言ったかな?今までありがとう」 父さんが不敵な笑みを浮かべる。 「君1ヶ月一緒にいたんだっけ? お金は後で請求するね」 「は?」 思わず声が出た。 息子の面倒を見てもらっていたからとお金を払うのならまだ分かるが、請求するとは、こいつは何を言っているんだ。 「何驚いた顔しているんだ優月。 当たり前だろう。今や君にどれだけの商品価値があると思っているんだ。 椎名君、君も1ヶ月おいしーい思いしたんだろう? 優月の動画、俺も調べて買ったよ。 あれは中々嗜虐心をそそったなぁ」 耳に入ってくる言葉を理解するのに数秒かかった。 脳内が痛んで、耳鳴りがするような感覚がする。 結局、こいつは何ひとつ反省なんかしていない。 ただお金になるから、取り返したいと思っているだけだ。 気分が悪い。 少しでも期待してしまったのは本当にバカだった。
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