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手足が震えていて、金縛りにあったように動けない。 「優月、君は父親を捨てるのか」 “捨てる”という言葉に心臓が跳ねた。 何を言っているんだ。 先に俺を捨てたのはお前だろ。 そんな絶望的な表情をしないでほしい。 自分が酷く悪いことをしているような気分になる。 「優月は俺の子だから、俺の所有物だ。 それでも連れていくなら誘拐で裁判するぞ」 「どうぞ? 優月は20歳なので優月に決定権があるってだけの話になりますけど。 あぁ、もしかして優月が成人したことも知りませんでした?」 樹が机をバンと強く叩き、父を睨みつける。 「あと所有物っていうのやめてくださいね。 そういう言葉は優月を傷つける」 身長があるからか、それはとても威圧的に感じる。 「あなたのところに渡せるはずがありません。 一度は話すべきだとは思いましたが少しも反省もしていないようで驚きました。 もう連絡してこないで下さい」 動かない体を抱きかかえられ、運ばれる。 最後に見た父は、眉を寄せてどこか苦しそうな顔をしていた。 俺が成人したこと、きっと本当に知らなかっただろうな。 服装や家を見てもお金がないことはうかがえたから、また俺を使って金を作りたかったのだろう。 この人は俺を何とも思っていないし、クズだ。 でも、何か、どうにかして、今後この人の心が満たされたりしないだろうか。 また期待してる、とぎゅっと目を瞑る。 これだから深い関係になるのは嫌なんだ。 最低な奴なのに、家族だから、こんな思いになるんだ。 「おろして」 背中をトントンと叩けば、樹が息を吐く。 「全然力入ってない……ショック大きかったよな、どこかで休もう。 苛々して悪かった、優月の言葉もっとちゃんと聞きながらと思っていたのに、ダメだな。冷静になれなくて色々言ってしまった」 確かに先程の樹は、いつも笑っている彼からは想像もできないものだった。 彼の怒りには圧があったが、それはまるで俺の代わりに怒鳴ってくれたみたいで、そんなに怖いものではなかった。 助手席に乗せられて首を振る。 「後ろが良いんだけど」 「だーめ。隣で見てないと走行中にでもドア開けて出ていきそうな勢いだから」 顔を見られたくなくて、窓の外を見た。 今平静を保てている自信がない。 やっぱり父は俺のことなどどうでも良かったのだという苛立ちと悲しさと寂しさで、体が空っぽになったみたいに力が入らない。 分かっていたことのはずなのに、気持ちが悪い。 隣でふぅと1つ息を吐いた樹が、俺にシートベルトをかけてくれる。 「優月、俺も今日は不安だったんだ。 優月が父と住むと強く言い続ければ、俺に連れ帰る権限なんてなくなってしまうから。 内心凄いドキドキしてた」 そういえば、何故か樹は”俺も覚悟決めて行くか”と口にしていたし、どこか焦っているようにも見えた。 「優月の父親が改心していなかったのは残念だけれど、ここに優月がいて良かったと思うよ」 「……うるさい、もう喋んないで」 これ以上話されたら、何故だか泣きそうになってしまう。 じんわりと涙が浮かびそうになるのを堪えた。 何故こんな言葉1つで泣きたくなるんだ。 だって、その樹の言葉はまるで、もっと俺と一緒に居たかったと言っているように思えて。 優しくしないでほしい。 温かすぎて、怖いから。 とはいえこの人の元を逃げる勇気も今は持てず、気分の悪さを感じながら車に揺られていた。
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