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作戦
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『りっちゃん、俺達はただいまより優月とソラを泣かせよう大作戦を決行します』
「は?」
樹から俺柊理都のもとに電話がかかってきたのは、とある日の昼下がりだった。
『ソラ君も泣いたことないでしょ?』
「まぁそりゃ、ないけど……」
ソラは相変わらず窓に手をついて外を眺めている。
最近少しだけ目を細めてソラなりに笑ってるつもりなのかなと思うことはあるが、基本的には表情はかなり乏しい。
『やっぱり泣かせてあげるって大事だと思うんだよ!
ということで泣きグッズ持っていくからよろしく!』
一方的に電話が切られ、ため息を吐いてソラの隣に座った。
少しだけ、一緒に空を見る。
一面がかき曇り、今にも雨が降りそうな空模様。
偶然とはいえ、まるで泣くのを耐えているみたいな空だなと思う。
「今から樹たち来るって」
「そうなの」
そういえばソラと優月が会うのあの施設を出てからは初めてなんじゃないか。
「優月も来るってよ」
「ゆづき?」
ソラがこてんと首を傾げると共に、勢いよくドアが開く。
「いやだから俺は行かねーって!」
「だめ!優月も主役なの今回の会は!」
「意味分かんねーって。
2番……ソラ?いるんだろ、俺見て嫌なこと思い出したらどうするんだよ」
玄関から騒がしい声が聞こえて覗くと、樹が黒髪で猫目の青年の腕を引いて無理矢理家の中に入れようとしている。
さすが下の階に住んでいるだけあって来るのが早い。
この子が優月、か。
目の下のクマが酷くて目つきはやや悪いが、綺麗な顔だ。
俺を見るや否や、明らかに警戒するように睨んでくる。
信用されていないことがひしひしと伝わる。
「え、いち、いちなの。
どうしてここ、いるの?」
ぼんやりと覗き込んだソラが、ふらふらと歩いて玄関へ行く。
それまで暴れていた優月が、どこか困ったような顔をして大人しくなり、ソラに優しい目を向ける。
「久しぶり、元気してた?」
「うん、うん。僕ソラになったの」
「ソラ、良い名前」
俺のことは酷く睨んできたが、ソラに対しては穏やかな言動だ。
「ソラ、こいつもうイチじゃなくて優月なんだよー」
「ゆづき、お名前、いつきがくれたの?
よかったの」
優月が樹に不満そうな顔を向けると、樹は笑っていた。
樹が与えた名前ではないし反論したいが、ソラが良かったと言っている手前それができないことがうかがえる。
「りと、いち、いる。
いちはゆづになったって」
「そうだな」
真後ろにいるから当然聞こえていたし、何故わざわざ俺に報告するのかは分からないが、懸命に伝えてくれているのでとりあえず相槌を打っておく。
「ほらソラ君も喜んでるみたいだし入ろうねー」
樹が微笑みながら言うと優月は眉を寄せながら靴を脱ぐ。
どうやらソラには弱いみたいだ。
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