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「じゃあ上映会はじめるよー」
樹の元気な声と共に、物語が始まる。
それは有名な童話のアニメだった。
貧乏な少女が、寒い日に裸足でマッチを売るもそれは売れず、家に帰ろうにも親に怒られるため帰れず、
寒さに震えてマッチを1本ずつつけ、そこで幸せな幻覚を見る。
翌日には寒さで凍えて死んでしまった姿で発見されるというただただ悲しいお話だ。
「……むり、しんどい」
話が終わると、言い出しっぺのはずの樹が袖で自分の目元を拭った。
「むりむり!可哀想すぎだろ!救いない!」
お前が泣いてどうすんだよ、と思いながらソラの顔を覗き込んだ。
「どうだった?」
「う?良かったねって思ったの」
「良かった?」
「だって、死ぬ前に、いっぱいあたたかそうだった」
ふぅ、と息を吐く。
そうだよな。
これまで、痛いことも怖いことも当たり前だと思わされるほどに虐げられてきたソラにとって、温かな夢を見て最後を迎えることはむしろ酷く魅力的に見えたのかもしれない。
「ソラに感情移入させて泣かせるとか無理だろ。
そもそもこれ以上に酷い環境しか知らないのに、この少女のこと可哀想なんてソラは思えねーよ」
優月がカフェオレに口をつけ、どこか憐れむような目でソラを見た。
ソラには爪がないし、見るに耐えない暴力を受けたことは明白だ。
優月はソラがどんな目にあってきたか目の当たりにしているのかもしれない。
「えええ……優月は?」
「俺は可哀想だとは思うけど。泣くとかではない」
「えー!」
「お前だけだよ泣いてんのは、早く拭け」
優月はそばにあったティッシュを半ば荒々しく樹に渡す。
ムッとしたような表情をしてはいるが、なんだかんだ言いつつ気にせずにはいられないのかもしれない。
「りっちゃん、他の泣き話ももしかして無駄かな?」
「樹だけ泣くことになりそう」
「玉ねぎもたくさんもってきてみたんだけど……」
袋から徐に玉ねぎを取り出す樹に、思わず笑ってしまう。
玉ねぎを切らせようとでもしていたのか?
物理的に泣かせようとしてたの面白すぎるだろ。
「玉ねぎはいくつかもらうよ。普通に料理に使うわ」
ソラが興味深そうに玉ねぎを指でつつく。
そもそもソラに包丁を持たせるなんてまだ無理だ。絶対に怪我をする。
「やはり最終手段しかないか……」
「まだなんかあんの?」
「りっちゃん、酒呑むと泣きたくならない?呑み会しよう」
「は?」
真剣な樹の表情に、思わずあんぐりと口を開けた。
優月はまだしも、ソラに酒を呑ませるのはあまりにも不相応に思える。
いや、確かに20歳ではあるのだけれど。
「りっちゃん、泣くことって本当に大事なんだよ。
医学的にも意識して泣いた方が良いと推奨されているくらいなんだ。
副交感神経が優位になることで、苦痛を軽減して安心感や落ち着いた気持ちになれることはもうわかっているんだよー」
「まぁそれはそうなんだろうけれど」
「ソラ君の傷もかなり良くなってきてるしねー酒入れても大丈夫だよ」
まぁ、そばについているわけだし気持ち悪そうだったりしたらすぐに取り上げれば良いか?
泣かせるのは無理にしても、もしかしたら酒で多少は気分良くなるかもしれないし。
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