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ちょうどアニメが終わった頃におつまみも出来て、異様な呑み会が始まった。
「優月お酒呑んだことあるのー?」
「あるわけないだろ」
「酔っちゃったらちゃーんと連れて帰るからね」
「酔わないっ」
樹が優月の前に置いたのは度数3%の桃の酎ハイで、初めてということでなんだかんだ配慮しているのだということはうかがえる。
「ソラはこれ」
「りんご」
「そう、りんご」
同じく3%の酎ハイをソラに渡せば、彼は親指でパッケージのりんごの絵に触れながら両手で缶を握る。
「じゃ、かんぱーい!」
「はいはい、乾杯」
カシュ、と缶の開く音がする。
呑む前にソラを見つめた。
彼は皆がやるのを見て、自分もとカリカリとプルタブに指先を立てている。
「お前……っ見てるだけじゃなくて手伝えよ」
「ちょっと待って」
眉を寄せる優月を制す。
もちろん気付いて手を貸してあげることは簡単だけれど、今後生活していくためにはそれだけではダメだ。
ソラは首を傾げながらしばらくプルタブと格闘し、それから俺を見た。
「あかないの」
「うん」
手の中の缶をゆっくりと俺に差し出す。
「あけ、て」
「分かった」
以前できないことは頼れと言ったことを、しっかり覚えている。
「ソラ君は偉いねー。ねぇ優月?」
「うっせ」
樹が優しい目で優月に語りかける。
きっと樹も優月に頼ってほしいと思っているのだろう。
この子の性格だと誰かに助けを求めたりするのはソラ以上に困難を極めそうだ。
お酒は元々は結構好きだった。
仕事がフリーランスであるということもあり、家にいる間よく呑んでいた。
ソラと住み始めてから呑むこともなくなっていたので久しぶりだ。
ビールを一口呑むと、独特の苦味と喉に染み渡る爽快感があり、美味しい。
この喉越しは他の飲み物では味わえないかもしれない。
樹が俺の作ったおつまみをパクパク食べながらにっこりと笑う。
「楽しいよなぁこういうの」
確かに楽しい。
本来の作戦を忘れていそうな気もするが、まぁ良いのかな。
ソラが缶を傾けて初めてのお酒を口に含み、
こくんと飲み込んだことが分かる。
「……りんご、おいしい」
「良かった。気持ち悪くなったりしたら言えよ」
「でもこれ、りとのと違う?」
「あぁ、俺のはビールだからね」
味が気になったのかソラが唐突に俺の缶を握りしめ、止めるより早く一口含んだ。
「なんか、変なの」
当然ビールの味など慣れないソラは、ほんの少し眉を寄せた。
俺も20の頃はビールの美味さって分からなかったなぁと微笑む。
「りと、りんご、おいしいよ」
「良かったな」
「こうかんこ、する?」
何で急に俺の飲み物に手をつけたかと思ったが、予想以上にりんごの酎ハイが美味しかったからかもしれない。
俺のが美味しくなかったら同じものを飲んでほしいとでも思ったのかな。
反応を見るにビールは美味しくなかっただろうに、交換なんて。
そんな感情、芽生えるようになってきたんだな。
「俺はこれが美味しいんだよ、ソラ」
「そうなの。わかったの」
表情は全く変わらないし淡白な返しに思えるのに、少しずつ人間味が増してきているように感じて嬉しい。
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