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僕は、ソラになった。
2番と呼ばれるより、なんだか良いなと思った。
空は好き。
ずっと外には出なかったから、施設を出てからはじめて見た空は眩しくて、広くて、大きくて、鮮やかで、次から次へと色が変わって、見ていて飽きなかった。
その空と同じお名前をもらった。
りとは、みなとにどこか似ている。
黒髪で切れ長の整った顔。
りとも、もう少し経てばみなとみたいになるのかな。
みなとは、死んでしまったらしい。
いつも殺すぞとか死ぬことになるぞとか言われていたから、死がこの世界からいなくなって消えていくことだという認識はある。
みなとはどうして、僕を連れて行ってくれなかったのだろう。
あの真っ暗な施設から出たとき、一緒にいるって言ってくれたのに。
毎日ご飯を食べることを何度も何度も僕に教えて、いなくなってしまった。
この気持ちは、なんなのだろう。
ぽっかり穴があいたみたいな、知らない気持ち。
ふいに目の前が眩んで、後ろに体がふらつく。
床に倒れると思ってぎゅっと目を瞑るが、思っている刺激は来ずに首を傾げる。
「あほ。何なんだお前は。
眠いならベッドで横になってろ、危ない」
気付けば、りとの腕に支えられていた。
みなとの方がずっと言葉はやわらかかったけれど、同じようなことを言われたことがある。
“君は気絶するように何度も寝るね。
眠かったらベッドに行くんだよ”
「ねむくない」
「眠くないなら何で倒れるんだよ」
「眠いってどうやったら分かるの?」
りとがため息を吐く。
困っている、眉を下げて、嫌そうな顔をしている。
りとの手がゆっくりと僕に降りてくる。
殴られる。
大人は痛いことしてくる人ばかりだったし、りともそうなのだ。
りとの手がおでこのあたりに触れる。
痛くない、殴られたわけではないのかな。
手がそのままなぞるように動く。
さっきもこれをされた。
この動きはなんだろう。
なんだか落ち着く。
「寝てないと安心して仕事もできないな。
ハタチとかいってマジで子どもかよ」
触れられているところが温かくて、心地良い。
瞼が開けていられなくなる。
「りと、それなんか、目が変になる」
「眠そうだね」
「これ、眠い……?」
トントンと胸の辺りを一定のリズムで触れられる。
触られる行為は痛みか快楽を伴うものだと思っていた。
こんな風に、温かいのは知らない。
「仕方ねぇな、よしよし」
りとが僕の体を引き寄せて、まるで包まれたみたいにすっぽり埋まる。
「少しはまとまって寝ろ」
息がしやすい。
体に力が入れられない。
閉じていく視界の中で最後に見たりとの顔が、みなとに見えた。
“散々な目にあってきたが君は悪くない。
これから幸せになる権利がある”
“幸せってなに?”
“それはこれから知っていくことだよ”
でも、みなとは僕を置いて消えちゃったんでしょ。
僕も一緒に行きたかったな。
「おやすみソラ」
なんだろう、この感覚は知らない。
胸がじんじんする。
知らなすぎて、少しだけ怖い。
一度目を閉じたら、もう開けられなかった。
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