作戦

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帰ってこなかったら。 胸をちくりと針で刺されたみたいな感覚がした。 帰ってこなかったらって、みなとみたいに? でも僕には、嫌だなんて思う権利も、それを発言する権利もない。 何を言われても、何をされても、ただ、うんうんって受け入れるだけ。 「……いいの、仕方ないの」 「そっか。りっちゃんにもう会えなくても良いんだ」 僕が決めることじゃないの。 そんなのは、もう決まっていることで、僕はただ受け入れるしかない。 でも、もう会えないってことはどういうことなの。 りとに話しかけてもらえなくて、笑いかけてもらえなくて、触れてもらえなくて。 外を見てる時に隣にそっと座って見守ってくれるのも、 ご飯を作ってくれて横で一緒に食べてくれるのも、 眠るときにそばにいてくれるのも、全部なくなる? みなとはぼくに、安心をくれる人だった。 でもみなとは、いなくなった。 “私は病気でね。君とは長くいられない。 だけど君には生きていてほしい。 きっといつか、生きてさえすればいつか、良いこともあるはずだ。 身勝手で悪いけどね。 これは命令だよ、ご飯を食べて、生きるんだ” “う?うん、分かったの” “じゃあそろそろ行くよ。もうここには帰れないだろうな。ここでさようならだ” “うん、うん” “君の幸せを空から見守っているからね” 伸ばした手は届かなくて、ドアが閉まった。 僕は行き場のない手を引っ込めて、そのままずっと玄関にいた。 もう帰ってこないことは分かっていた。 みなとにはもう会えないって知っていた。 それなのにずっと、待っていたような気がする。 りとも、そうなるの。 みなとみたいに、どこかへ行ってしまうの。 「……へん」 「変?」 「むねが、へん」 締め付けられるみたいだ、と思う。 何にも痛いことなんかされていないのに、痛くて仕方がない。 「ソラ君、それね。寂しいって言うんだよ」 「さみ、しい? りともみなとのこと話したとき、言ってたの。 本当はさみしかったんじゃないのって」 「うん、ソラ君にとって、みなともりっちゃんも大切な人なんだね。 大切な人と会えないのは、寂しくなって当たり前なんだ」 寂しいって、こんなに胸が苦しくて、息がしづらくて、痛いことなの。 目元に何か知らないものが溜まるような気がして、怖くて首を振った。 こんな気持ちは知らない。 ぎゅっと体を縮めたら、鍵の回る音がしてゆっくりとドアが開いた。 唇が震えておかしいと思う。 僕は、変になってしまったのかもしれない。 「え、ソラ?」 安心する声。 僕の名前を決めてくれて、呼んでくれる温かな声。 「りと、りと」 驚いたような顔をしたりとが、抱きしめてくれる。 毛布よりもずっと温かい。 僕はこのとき初めて、誰かがいなくなるって寂しいことなのだと知った。
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