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ドアを開けたとき真っ先に飛び込んできたのは、ソラのどこか悲しそうな表情だった。
上手く表情は作れていないが、その目に薄らと涙のようなものが溜まっているのに気付けば、自然と抱き締めていた。
「りっちゃんおかえりー。
それ、冷蔵庫入れとくよ。
じゃあ俺は優月と呑み直すね」
手の中のビニール袋が奪われ、樹がひらひらと手を振って去っていく。
ソラは腕の中で控えめに俺の服を握っていた。
アニメを見た時も少しの感情移入も見せなかったソラが、施設で酷い目にあっても泣けなかったソラが、なぜ今泣きそうになっているのかが分からない。
「ソラ、ただいま」
「うん、うん」
「気分悪い?」
「ちがうの」
「どこか痛いとか?」
ソラが黙るので心配になって顔を覗き込めば、彼は潤んだ瞳でじっと俺のことを見つめている。
「りと、かえってきたの」
ぽつりと呟いて、納得するようにこくんと頷くソラが少しだけ目を伏せる。
「むね、今度はなんかじんじんする。
やっぱり変」
じんわりと目元が濡れていくソラが、怖いのか必死にそれが流れるのを耐えようとしている。
「りとがいないのも、みなと、いなくなったのも寂しいだったんだって。
いま、りといて、そしたらまた胸がぎゅって」
樹が何か話したのだろうが、寂しい気持ちを感じられるようになったのかとどこか嬉しくも思う。
俺が帰ってきて安心したのか、父さんのことを思い出しているのか、はたまたいなくなることが想像できてしまった分怖くなったのか分からないけれど、ソラの中に今、これまでなかった複雑な感情が生まれているのは確かだ。
泣かせよう大作戦とはよく言ったものだ。
やけにニヤニヤしていたし、俺を買い物へ行かせたのもこれが狙いだったのだと今更気付く。
まさかソラが人恋しくて泣きそうになるなんて思いもしなかったけれど。
確かにこれまで優しくされたことなんかないのだから、空の器だった心が受け入れるには大きすぎる感情だよな。
「どうして、痛いされてないのに、痛い。
なんで、どうして、寂しいなんてきもちおしえたの」
どこか困惑しているソラを安心させるように、頭を撫でた。
「そっか、痛かったな。置いていって悪かった。
でもソラ、その痛みがあるからこそ、人がくれる安らぎや温かさを感じられるんだ。
より強く、人を愛したり大切にできるようになる」
ゆっくりと話してやれば、ソラは懸命に俺の話を聞いていた。
「胸が痛くなるような感情を知れば、その分嬉しい気持ちもたくさん知れる。
そうやって幸せになるんだ。
ソラの心はまだまだ成長できてないから、これから色々知っていこう」
「知っていくとき、りと、いる?」
「あぁ、もうどこまでも付き合うよ。
俺も心配だ」
ふっと笑うと、ソラがぎゅっと自分のズボンを掴んだ。
「なんか、変なの。
なんかでるの」
「それ大丈夫なやつだから、出していいよ。
ソラ、泣いて」
「うー……」
ぽた、と一粒ソラの目から涙が流れる。
寂しくて、安心して、一緒にいると言われて泣くなんて。
本当随分と、人間らしくなってきた。
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