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今、何時?
慌てて起きて時計を確認する。
5と6に針がある。まだ大丈夫。
8と12に針がきたらご飯だ。
辺りを見渡すと、物音ひとつせずしんとしている。
ベッドから降りて、家の中を歩いて回った。
どの部屋にも、誰もいない。
りとも、いなくなったんだ。
この家に来てから、痛いことはなくなった。
でも、なんだかそわそわして落ち着かないことは増えた気がする。
今まで思ったことないことや感じたことない感情が僕の心を埋めて、よく分からなくなってしまう。
玄関に座り込んだ。
次来るのは、いつきかなぁ。
いつきは、たまにご飯持ってきてくれたり、傷の手当てをしてくれたりする。
でも今日もってきてくれたから、しばらくは来ないかな。
床が冷たい。小さく体が震えていく。
でも、大したことはない。
施設では冷たい水をかけられるのだっていつものことだった。
最後にみなとが出て行ったとき、彼はもう帰ってこないかもしれないと言っていた。
それなのに僕は、どうして毎日玄関に座っているのだろう。
施設にいた頃は、痛いことをたくさんされていて、そのために生まれてきたんだとずっと言い聞かせられていた。
よく分からないけれど、そうすると喜ぶ人がいるんだって。
今僕は、痛いことは何もされない。
そしたら、何のためにいるのだろう。
爪のない指先を腕に立てると、鈍い痛みが走る。
ずっと痛みと共に生きてきたのに、痛い感覚がないのも落ち着かない。
手足が冷たくて上手く動かせなくなっていく。
吐く息が白くて、少し面白い。
呼吸をして色を見ながら遊んでいると、ふいに呼吸がしづらくなっていることに気付く。
寒い。
施設にいた頃はもっと冷たかったはずなのに。
ふいにドアが開く。
みなとかと思ったが、入ってきたのはりとだった。
もうみなとはいないって、早く覚えないといけないのに。
大きなカバンを持ったりとが、僕の姿を見て目を見開く。
「バカか!?外は雪が降り出したんだぞ!?」
「……ゆき?ってなに?」
「……はぁ。そこじゃねぇ……。
震えてんだろ、寒いとかも分かんねーのか」
「まだ平気なの。冷たいお水、かけられてないし」
どこか寂しそうな顔をして、荷物を置いて僕の手を引く。
「あーなんかだんだんイライラしてきた。
アホ。寒いんだよ。お前は今」
リビングに連れて行かれて、肩から毛布をかけられる。
震える手を握られて、舌打ちを打たれた。
「冷た」
「りとの手、あたたかい」
「手袋してたからな」
「大きな手」
「お前が小さいんだよ」
ゆっくり、ゆっくりと指先が温められていく。
「りと、忘れ物?」
「いや……とりあえず必要なものは持ってきた」
「どうして?」
りとが、大きなため息を吐いて俺の頭にぽんぽんと触れる。
「もう少しここにいることにしたから」
「痛いことするために?」
「はぁ?しねーよ」
「じゃあなんで?」
「分かんねーよ俺も。なんかほっとけねーんだよ」
みなとよりもたくさん口が悪い。
それでも、やっぱりみなとが持っていた温かな感じが少し似ている。
「……そうなの」
ということは、りともいつかいなくなってしまうのかな。
誰がいてもいなくてもどうでも良いはずなのに、そう思うと痛いことされているわけでもないのに心がチクチクする。
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