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大人しすぎて心配になるんだが、とキッチンに立ちながら理都は思った。
ソラは何時間も外の景色を見ていた。
特に何を話すでもなく、全く飽きる様子もない。
さすがに退屈だろうとも思うが、外に出ることは一切なかったと言っていたからおそらくこういった景色自体が珍しいのだろう。
毎日毎食冷凍食品のチャーハンというわけにもいかないので、食材を買ってきて今カレーを作っている。
ソラは子どもみたいなものなのでカレーは好きだろ、多分。
しかし、何で俺はすっかりここに住むつもりで準備してきてしまったかなぁ。
腕の中で眠ったソラを見た時、やたら儚く見えた。
ただ撫でてやって、胸を優しくトントンと触れてあげただけで、子どもみたいに安らかに眠った。
あの時決心がついてしまい、準備をしに一度家に帰って今に至る。
よく眠っていたからワンチャン起きる前に帰れないかと思ったが、それは厳しかった。
とはいえ、2月のこの寒さの中震えながら玄関にいるとは思わなかったけれど。
「ソラ、ご飯にしようか」
ソラが時計を見る。
時刻は20時を少しすぎたところだった。
「たいへん。食べる」
「そこ座ってな」
「チン、しないの?」
「今日はしない」
父はきっと料理が出来なかったのだろう。
立派なキッチンだが一切使われた形跡がない。
ただでさえこんな華奢なのに冷凍食品ばかりじゃ成長するものもしないだろう。
どの程度食べられるか分からないのでとりあえず少しだけ盛って机に置くと、ソラはじっとカレーライスを見ていた。
「カレーくらい食べたことあるだろ?」
「カレー?」
「……お前何食べてたんだよ」
「施設では、いつも食パンだったよ」
握って食べられる簡単な食べ物。
俺が思っているよりもずっと、食べたことないものは多いのかもしれない。
自分の分も盛って机へと持っていく。
一人暮らしも長かったし、人付き合いもさほど多い方ではなかったから、こうして誰かと食事するの久しぶりだ。
「いただきます」
手を合わせると、ソラが不思議そうな目で俺を見る。
「父さん、これは教えてくれなかった?」
「でも、いつも手は合わせてた」
「そうなんだ。食べる時これやるんだよ」
記憶にも殆どないような父のことをこんなところで知ることななるとは夢にも思わなかった。
「……いただき、ます」
ソラが手を合わせて真似して挨拶し、スプーンを握る。
スプーンは下から握り込んでおり、まるで子どものような持ち方だ。
当然箸は使えないだろう。
ソラが少しすくって、口へと持っていく。
飲み込むとまた次をすくって食べている。
表情こそあまり変わらないが順調に食べ進めており、苦手ではなかったことはうかがえる。
「……おいし」
「それ、樹って人に言えって言われたから?」
「うん」
「どんな味する?」
ソラが考えたような顔をしながら、自分の気持ちに1番近しい言葉を選ぶように呟く。
「……もっと、食べたくなるような?」
「うん、じゃあ美味しいんだね」
真似事から入るのももちろん良いけれど、
こいつには、もっと自分の考えを言葉にする機会も必要だと思う。
「りと、笑った」
「はぁ?」
「笑ったよ、いま」
「あっそ」
殆ど関わりもない父親に何にも知らない子どものような青年を押し付けられ、全く楽しい状況ではないはずなのに。
なぜ笑えるんだ、俺は。
「おいしい」
「もう分かったから」
こいつはこれまで、誰かが自分のために作った食事を食べたことはあるのだろうか。
俺は料理が好きだし、色々食べさせたらどんな顔するのだろう。
すっかり一緒にいる気の自分に驚く。
あくまでこいつが自立するまでだ。
仕事も在宅だし、ある程度の一般常識を理解するまでいてやるだけだ。
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