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食事を終えると、ソラが風呂場の方へ向かう。 寒い日だしお湯をためても良いと思うが、シャワーで済ませるのかな。 あの爪のない指だとシャンプーや石鹸も滲みて痛そうだが、さすがに洗ってやるのはやりすぎだろう。 やがてシャワー音が聞こえてくる。 暖房だけでも入れといてやるかとリモコンのボタンを押した。 ファイルを見たときにちらりとこの家の書類が入っており、どうやら賃貸ではなく購入されていることは分かった。 遺産が振り込まれるとも聞いたけれど、父は一体何の仕事をしていたのだろう。 こんなタワーマンションの最上階を購入できるなど、高級取りでしかあり得ない。 関わりもなければすでに亡くなった人のことを考えても仕方がないと食器を下げて水道を捻る。 それは中々お湯にならず、キッチン横の壁に設置されている。 ガス給湯器のリモコンを見た。 ……嘘だろ。 ガスの電源が切れている。 それにも関わらず、シャワー音が聞こえている。 俺が思っていた以上に、こいつをほっておいたらダメなのかもしれない。 足早に風呂場へと行き、ドアを開ける。 ちょうど洗い終わったようでシャワーを止めてこちらを見たソラが、あらかさまに凍えていた。 「……っバカなのか!?お前は」 シャワーを捻りお湯が出るまで待つと、そのままソラの頭からかけた。 シャワーを浴びることに疲れたのかふらつくソラを支えると、自分の服もずぶ濡れになる。 そんなのはもうどうだって良い。 冷たい。何分くらい冷水を浴びたんだ? ガタガタと震えるソラが首を傾げた。 「……あ、りと、どーして?」 「こっちのセリフなんだが? 何で真冬に水かぶってんだ」 「温かくならなかったの」 それならそれで、俺に聞くとかすれば良いだろ。 冷水を浴びること自体がそんなに珍しいことでもなかったとでもいうのだろうか。 できない時に誰かに頼るという習慣も、きっとなかったのだろうけれど。 こんなことしてたら、本当に死ぬぞ。 温かなお湯を浴びせ続けると、やっと少しだけソラの体も熱を取り戻していく。 そうしてやっと、彼の体に目を向けた。 真っ白な体に、いくつも傷が見える。 殴られたような内出血はもちろん、ナイフで切られたような切り傷も多数ある。 時間と共に消えていく傷もあるだろうが、これはあまりにも酷すぎる。 きっと洗うのも痛かったはずだ。 「りと、お洋服濡れちゃうよ」 「そうだな、お前がバカみたいに水浴びたりするからな」 少し温まってきたようにも感じるが、ソラの唇は真っ青でまだ震えがおさまらない。 暖房をつけておいて良かった。 「お水、だめなの?」 「寒いだろ?」 「うん」 「だからダメ」 「覚えたの」 生まれた時から劣悪な環境の中で虐待されていて、名前すらなかったのだ。 一般的な常識があるわけがない。 俺も気にかけて、せめて準備だけでもしてあげたら良かった。 抱きかかえるようにして風呂場をあとにして、バスタオルで拭いてやる。 下着はこいつに合ったものがあるようだが、ソラの服というのはないようで、父のTシャツをワンピースのように着せた。 「痛いと思ったことは、やめてくれ」 「どうして?」 「痛いから」 よく分からないというように見つめてくるソラを思わず抱きしめた。 その華奢な体はまだ小刻みに震えている。 当たり前を当たり前と伝えることが何故こんなに難しいのだろう。 ソラにとっての普通は、あまりにも悲しい。
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