古書店『月華堂』

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古書店『月華堂』

 どうやってここまで来たのか記憶がない。  気付いたら寂れた駅前にいて、目の前は真っ暗な世界。  救いは、少しだけ欠けている月が、夜道を照らしてくれていること。 「どこだろ…ここ」  くるりと後ろを向くが、駅名は経年劣化と暗闇で確認できず、  ここにいても、埒が明かないと、和泉はどちらに曲がるか考える。 「さて、右に行くか、左に行くか」  右を向くと、暗闇の暗さが奥に行くにつれて更に濃くなり、  左を向くと、暗闇の奥に、僅かに灯りが見えた。 「あ、家がある」  和泉は、左に身体を向け、歩き出した。  道標となる灯りは、どんどん大きくなってくる。  その灯りは何だか温かそうで…。  和泉は惹きつけられるように、灯りの元を目指した。  柔らかな灯りの元に到着し、見上げる。 「月華堂(げっかどう)?」  目的地は古書店だった。  いわゆる古本屋ではない、昔の書物を販売している古書屋。 「わぁ、すごい…」  鼻を擽る、古書独特の匂い。  その匂いに引き寄せられて、和泉は店に立ち入った。  壁一面の棚に、茶色い背表紙の古書が並び、  足元にも、古書がうず高く積み上げられている。  和泉はその中の一冊を手に取った。  表紙に書いてある、恐らくこの書物のタイトル。  達筆…なの?…ミミズにしか見えない…。  バラリと適当に本を開くが、中もやはり波打った読めない文字が。  んーっと唸っていると、 「なんとまぁ、ベタな本を取ったな?」 「ぅひゃぁっ」  耳元で、囁かれて飛び上がる。  ぱっと後ろを向くと、  背の高い、でも相当お歳を召した老人が立っていた。  心臓をパクパクさせながら、和泉が尋ねる。 「これ、何て言う本ですか?読めなくて…」 「源氏物語。BLが好きなのか?」 「はぁ…。嫌いではないです」 「答えるんかい…」  呆れる店主は、和泉に名刺を渡した。  そこには、店の名前と、店主の名前。  小鳥遊早雲(たかなしそううん)    たかなしって読むんだ…。  そう思ったら、思わず心の声が漏れる。 「凄い名前…初めて見た」 「そうか?全国に100人いないらしいな?知らんけど」 「え…、そんなに少ないんですか!? へぇ…」 「あんた、おもしろいなぁ…」  そんな感想を呟かれ、自己紹介をしてないなと思い、 「あ、桐谷和泉(きりたにいずみ)と言います。今日は、一気に恋人と親友と、そして母親に裏切られまして、あまりの事実に全て投げ捨てて、逃げてきました」 「…にしては、あまり悲壮感無いな?和泉ちん?」  ちん!? 「そうですか?ついでに言うと、父親と妹からも捨てられました。私」 「おお…。波乱万丈だなぁ。よし、おいちゃんが今日は労ってやる」  おいちゃん!?  和泉は、あれよあれよと奥の自宅にお呼ばれされた。
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