それはトントン拍子に

1/1

118人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

それはトントン拍子に

 早雲は、和泉を奥の自宅に招くと、 「すぐ出来る。ちょっと待ってろ?」 「あ、手伝います」  そう?と、軽く言われ、一緒に台所に立つ。 「小鳥遊さんは…」 「早雲」  は?  和泉が何が?という顔をするので、 「タカナシは気持ち悪いから、早雲と呼べ」 「はぁ…。気持ち悪い…ですか?」 「それに、早雲がカッコいいだろう?」 「……ところで、見た目より若いんですか?言葉遣いがどうも…」  和泉の質問に、早雲が笑う。 「…ぐふっ。何?俺の歳が気になる?いくつに見える?」 「え?見た目は80歳くらい?でも、中身は50代にも感じる…」  和泉の答えに、満足そうに頷く早雲が、正解を告げる。 「俺、数えで90歳」 「えっ!? 冗談でしょ!?」 「ホント。ほい、証拠」 「…」  渡されたのは、マイナンバーカード。  そこには、生年月日があり、言葉通りだった。 「じーちゃん、全然見えないよ…」 「じーちゃん言うな」 「だって、私にしてみたら、ひーひーじーちゃんくらいだよ?」 「…」  とりあえず、出来た食事を運んだ。  和泉の前には一汁三菜。 「久しぶりだ…。こんなまともなごはん」 「そうか。ゆっくり食え。いただきます」  早雲は、しっかりと手を合わせ、深々と食卓に頭を下げた。  それを見た和泉も、 「ありがとう、早雲さん。いただきます」  同じように、深々と頭を下げた。  静かに食べ終えて、早雲が思いもよらないことを言い出した。 「和泉ちん。キミは逃げた現実に戻る気はあるの?」 「…無いです。未練もありません」 「なら、この書店を継がないか?」 「…え?」  和泉は目を見開いた。 「俺には身寄りがないんだ。死んだ後のことを考えて、店じまいをしようと思ってたんだ」 「それは勿体ない…」 「だろ?なら和泉ちんが良ければ貰ってくれ。書店を継いでくれたら、俺も安心してあの世に行ける」 「でも、私でいいんですか?今日、ここで会ったばかりじゃないですか…」 「いいよ」 「何より、本のこと、全く知りません」 「教える」 「…」  和泉は早雲の押しに絆されて、あっさり。 「じゃあ、継ぎます」 「よーし。じゃあ、今日からここが、和泉ちんの家な」 「私の?」 「この家も、あっちの書店も俺のものだし、ここには俺一人で生活してるから、和泉ちんも気兼ねなく今日から暮らせばいい」  裏切りを受け続けてきた和泉には、早雲の言葉が思いの外、沁みた。 「早雲さん、お言葉に甘えてお世話になります。一生懸命覚えます。ご指導、よろしくお願いします」 「任せろ。一人前の店主にしてやっから」  こうして流れ着いた古書店で、和泉の新たな人生が始まった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

118人が本棚に入れています
本棚に追加