月華堂・新店主として

1/1

118人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

月華堂・新店主として

 和泉は早雲から、様々なイロハを学んだ。  一番苦労したのが、古書の解読。  それも早雲は、分かりやすく教えてくれた。  和泉がレクチャーを受け、すべてのノウハウを引き継いだ直後。  早雲は、飄々と三途の川を渡った。  すべての財産を和泉にと、ちゃんと遺言書を残して。  和泉は、早雲がいなくなって、ぽっかり心に穴が開いた。  唯一、優しくしてくれた早雲。  唯一、自分を曝け出せた早雲。  身近な人の裏切りは、和泉の心に深い傷を作っていた。  仕事は毎日、早雲が教えてくれた通りに熟す。  だけど、訪れる客には決して、心を開かなかった。  そんなある日、店に一見客がやって来た。  その男は、和泉を見るなり近づいてくる。 「すみません。ここ、早雲さんが営んでいた古書店ですよね?」  突然、早雲の名前を聞いて、思わず反応する。 「はい。私が跡を継ぎました」 「そっか…。もうお歳だったからね。間に合わなかったか…。早雲さんのお孫さん?」 「…いえ」 「あ、曾孫かぁ…」 「……違います」 「え、まさかの玄孫!?」  孫括りから離れない男に、和泉はつい…。 「私は赤の他人です」 「…は?」  その一言に、鳩の豆鉄砲に固まる。  あまり関わりたくない和泉は、早々に突き離す。 「お客様でないなら、お帰り下さい」 「いや、ごめん。昔、早雲さんにお世話になったんだ。やっと独立して一人前になったから、報告に来たんだよ」 「そうですか。じゃあ、お参りでもしますか?早雲さん、いますよ?」 「本当!? 是非!!」  和泉は、男を奥の自宅に招き入れた。  線香の香りと、(りん)の音色。  男は長い長い時間、手を合わせ、早雲の冥福を祈っていた。  やがて顔を上げ、和泉の方に向き直ると、 「改めまして。御子柴(みこしば)(あらた)といいます」 「どうも。桐谷和泉です。お話しすることはありませんので。どうぞ、お気をつけて、お帰りください」  光速で追い出しにかかる和泉に、新は慌てる。 「ちょ、ちょちょ、ちょっと!! 早い、早いよっ」 「早くないです。私は早雲さんの身内ではないですし、あなたの中の思い出話を語られてもイミフですから」 「そんな剣呑に扱わなくても…」 「あなたと親しくなる理由はありませんから。店に戻りますので、そちらも」  視線の圧力で渋々、新も腰を上げた。  店に戻ってくると、やっぱり和泉から追い立てられ、 「ありがとうございました」  迷惑千万という気配を滲ませ、新は早々に追い出されてしまった。 「……早雲さん、これは、一筋縄ではいきませんよ?」  新は、店の入り口で独り言ちていた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

118人が本棚に入れています
本棚に追加