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道標
和泉は今日も、月華堂の定位置で客を迎え入れる。
「いらっしゃいませ」
月華堂の客は毎日、不思議と途絶えることが無い。
それも老若男女、様々だ。
和泉は初め、不思議だった。
こんな古書店に、こんなに客が来ることが。
そして、書棚に並ぶ古書たちが、減っていく事もない。
売れた数だけ、必ず入って来るのだ。
新が日本を離れた後、一度だけ父親と妹がやって来た。
「どうして母さんを見捨てるんだ!」
「そうよ!これまで見てきたんだから、最後まで見なさいよ!」
二人は勝手な言い分を捲し立てていたが、
「私は、充分すべきことをした。後は知らない。私を捨てたあなたたちを、家族とは認めない。二度と来ないで」
「「そんなっ」」
そう言って、和泉は血の縁を切った。
それから、
早雲に、心残りと言われてしまった自分を変えようと、
あれから少しずつ、和泉は他人との接し方を変えた。
この先、川の向こうの早雲に再会した時、
ちゃんと早雲の願った通りに、私は変わったよと、
胸を張って言えるように。
今日も月華堂に、客が訪れる。
今日の客は、高校生の可愛い女の子。
「和泉さーん、源氏物語ってこれですよね?」
「そうだよ?今日はそれ買うの?」
和泉は、女子高生が購入した商品に、
パソコンで作成した、原文と意訳を一緒に渡す。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。やっぱりこの達筆は難しくて…。でも、これがあるお陰で理解できるし、解読も楽しいの」
女子高生は、嬉しそうに本を抱え、帰っていった。
今日も閉店まで客足は途絶えなかった。
ようやくその足が途切れ、そろそろ店を閉めようと、
んーっ、と和泉が背伸びをしていた時だった。
カチャリと店のドアが開く音がした。
「すみません、もうへいて…」
伸びをしたまま固まる。
そこに立っていたのは…。
「こんばんは。和泉」
「………新さん」
和泉が思わず名前を呟いて、それに驚いた新が早足でやって来る。
そして、そのまま和泉の身体を包み込んだ。
「わあぁああぁっ、なに何!?」
「和泉…、逢いたかったよ」
1年振りの新は、あの日のまま変わっていなかった。
「えー、今回は甘々作戦にしたの?」
「ん?甘々作戦していいの?俺は、とっくに和泉のことが好きだから、甘々作戦で和泉を堕としにかかっていいの?本気で甘々作戦決行するよ?」
甘々な視線を向け、甘々な声で、甘々作戦を連呼する。
「………と、とと、と、とりあえず、おかえり、新さん」
「うん。ただいま和泉。少し変わったね?何と言うか…素直で可愛くなった。早雲さんが見たら喜ぶぞ?きっと」
「ホント?」
ぱっと表情を変えた和泉は、
初めて他人の前で、弾けるように笑った。
早雲が和泉に届けた道標。
それは、人との繋がり。
なんの接点もない人が、月華堂を起点に繋がっていく。
そしてその道は、
温かな光に向かって進む、縁の道だった。
- 終幕 -
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