歩道橋

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歩道橋

 私の見る世界は、いつだって歪んでいた──。  歪んで、揺れて、定まらない。  人も、ビルも、すべてがゆらゆら揺れて、まっすぐ伸びているはずの直線はぐにゃりと曲がっている。  八百万(やおよろず)の神がいるとされるこの国で、神の姿を見たことがあるものは少ないだろう。  それは、見たものを神と思わない人間が多いからであって、実際、神はどこにでも存在するのだ、と誰かが言った。  けれど、私は神なんて信じない。  私だけをこんなに不幸な目に遭わせる神など、存在してほしくはない。  一体私は、なにに傷ついているのだろう?  私を不幸たらしめるものとは、なんなのか?  そんなことすら、忘れてしまった。  横殴りの風に煽られ、冷たい雨に濡れ、私は彷徨う。  もう、終わりにしたい。  すべてを投げ出して、時を止めてしまいたいのだ。  歩道橋の上には、誰もいない。  灰色の光景は、私の心を奮い立たせるに充分なものだった。  サヨナラ、神様。  サヨナラ、私。  私は手にしたエメラルド色の小さな石の欠片をぐっと握りしめる。  とても大切なものだったけれど、もう私には必要ないものだ。私など要らないと、そう、あの人は言ったのだから……。  捨ててしまおう。  私と一緒に。 「これ、使ってください!」  ふいに声を掛けられ振り向くと、そこにいたのは顔を赤らめた少年だった。  知らない子。  誰? 「顔色、悪いです。大丈夫ですか?」  緊張した声でそう言われ、返答に詰まる。 「あの、黄色の傘なんて小学生みたいで恥ずかしいかもですけど」  グイ、と傘を差し出され、思わず反射的に手に取ってしまう。 「え? あの、」 「じゃ!」  傘を受け取った私を見て、少年が笑顔になった。  そしてそのまま駆けていく青いスニーカー。  放心してしまった私は、走り去る少年の姿が見えなくなるまで見送った。  あの子が声を掛けるのがあと五分遅かったら、きっと私はここにはいない。    傘を、広げる。 「似合わない色」  くるくると回す。  風に飛ばされないよう、ぎゅっと握りしめて。  そう言えば、黄色と青を混ぜると緑(エメラルド)になるな、と頭の隅で思っていると、 「うわ、すげえ!」  誰かがそう叫ぶのを耳にし、声のする方に目を遣る。  釣られ、私も視線を追いかけた。  視線を上げると空に大きな光の束が見えた。  ──虹だ。  私の真後ろに、大きなアーチがくっきりと見える。  虹の色は七色だというけれど、そこに見えるのは無数の、名もない色たち。  まっすぐではない、歪んだ曲線のそれを目の当たりにし、私は気付く。  ……背を向けていたのは、私だったのかもしれない。  世界は、揺れてなどいないし、まっすぐでなくても、いいのだと。  私は、ここにいる。  明日も、きっと──。 了
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